巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

弾ける意志と開花の刻ーShizuku's Memoriesを斯く語る

 先日、サニーピース番外編・兵藤雫のストーリーが追加された。
アイドルの過去を掘り下げていくこの番外編、最も待ち望んでいた彼女の過去が明らかになるのは非常に楽しみだった。

実際に見て、ある程度予想していた通りの内容でもあったが、それ以上の情報量もあり、受けたインプレッションは大きかった。ストーリーを見て感じた事、雫の過去とアイドルへの軌跡に踏み出していったのかを振り返る意味を込めて所感を書き殴ってみようと思う。


※本記事は『Shizuku's Memories』の内容について、多数のネタバレを含んでおりますので、ストーリーをご視聴の上でご一読下さい。



 

 憧れと夢の原点


 雫の番外編は、彼女がある人物と電話している場面から始まった。
電話の主は秋宮もねという女性。彼女は、雫の年が離れた従姉でアイドルをしているとの事。雫のプロフィールの好きなモノの欄に記載していた従姉の存在が明らかになったワケだ。

通話の内容は、もねがアイドルを辞めるというモノだった。当然、雫は彼女の決断には納得出来ず、思いとどまらせようと説得するがもねの意志は固かったと。

 雫ともねの関係は本当の姉妹の様に仲睦まじいモノ。ある時、もねがアイドルのオーディションに受かってデビューが決まる。そして、雫は彼女がアイドルとして輝く姿に魅了されてLIVEにも通う様になっていき、もねに憧れて自分もアイドルになりたいという夢をおぼろげに抱いた。

雫にとって秋宮もねは、憧れの存在でありアイドルの象徴だった。いつかは、雫がアイドルとしてもねと一緒のステージで歌って踊る事も夢見ていた様に思える。前述した様に、もねの引退は雫にとって受け入れられるモノじゃない。だが、もねは無情な現実を雫に突きつける。長くやって来たからこそ見えてしまったモノと、いつまでもアイドルではいられないという現実を。

 コレについては、怜の親父さんも触れていた事で、アイドルの華やかな部分のみならず無情な現実も突きつける要素も織り込んで来るのはアイプラの根幹だと思っているので、きっちり描かれていたのは良かったかなと。

 


 
 夢を嗤う者


 人が夢を公に語った際、様々なリアクションが返って来る。
好意的に応援する者、所詮は他人の夢として無関心な者、そして…否定して嘲笑う者。

もねに背中を押される形で、雫はアイドルになりたいという夢を公にした。だが、世間ってヤツはそんな優しいモノじゃない。雫自身も自覚している様に、根暗で無口な彼女がアイドルになりたいという夢を陰で嗤う者の存在を雫は知ってしまった。

世間一般のイメージとして、アイドルという存在はまずどんな時でも笑顔を絶やさないという固定概念があって、愛想の無い雫には絶対無理だという決めつけから嘲笑う。

 この辺りから、言葉を選ばず書き殴るが…この過去編の1話後半から2話全般が胸クソ悪いインプレッションになる。ただ、それが後の爽快なカタルシスへ昇華していく過程が見事だった。

『EVERYDAY! SUNNYDAY!』のMVでも描かれる雫の負の過去にもあったが、前述した様にアイドルになりたい夢を冷ややかに否定される描写がある。まあ、コレは予想出来たモノだったが、そこからの展開が実にクソ過ぎて視聴者のヘイトを見事に爆上げしていく。

 最初は、からかわれるだけだったり陰で嗤うだけだった。ここまではある程度予想していたモノ。だが、その先からの展開がマジで胸クソの悪さしかないインプレッションとなっていく。

雫がLIVE帰りにオタク仲間と饒舌に語り合う模様をクラスメイトに見られてから、彼女への風当たりがエスカレートしていった。つまりはいじめのターゲットにされた。担任の教師も雫の言い分を聞いてくれない。さくらみたいな友達がいたら…という雫の言から察するに学校で雫の味方は誰もいなかった事がうかがえる。

ただ、雫の味方がいなかった事に関しては、自分は好意的に捉えている。彼女の夢を嘲笑っていじめた行為にはマジでクソ以外の何物でもないが。ここの描写では生徒想いの熱血教師や気骨に溢れ雫を助けて応援する友達は必要無い。徹底的に雫を孤立させる人の業と悪意が重要だった。



 

 運命に導かれて門を叩く


 いじめられて孤立したしてしまった雫が最悪の道へ踏み出さなかったのは、アイドルの存在に救われていたから。そして、雫の両親やもねも彼女の味方だった。この時の雫は、アイドルを見て現実から逃げてるだけと自嘲していたが……逃げるという行為は、環境を変えて前に進む事と同じ意味だと自分は思っている。

 父親の転勤で、東京から星見市へと引っ越す事になった兵藤さんご一家。おそらくだが、雫の環境をどうしても変えたいという想いで自ら異動願いを出したんじゃないかと解釈している。まあ、担任教師に娘のいじめをどうにかしろと直談判したが、さらにエスカレートさせた様なクソ教師に不信感を抱くのは当然な話。単なる転勤だと雫に伝えていたのは、彼女に要らぬ心配をかけさせたくなかった父親の気遣いだったのだろう。

 この星見市で雫が言った様に運命の扉が開かれる事になる。丁度その頃、星見プロダクションでは新人アイドルオーディションを開催する話があった。この刻の巡り合わせも雫が避けられない運命の導きなのだろう。しかし、雫はアイドルではなくマネージャーへの道に進もうとしていた。

その根底にあったのは、彼女自身も自覚していた上手く笑えない事へのコンプレックスから自分はアイドルには向いていないと決めつけてしまった事。周りに嘲笑された事も影響しているのだろう。もねが言及した様に、雫の頑なさは『呪縛』といっても過言じゃなかった。何らかの呪縛ってヤツもアイプラの根幹を成すモノ。

 自分の持つアイドルへの知識を活かせるのは、マネージャーになる事だと思った雫は、マネージャー志望として星見プロの門を叩いた。アイドルオタクでもある雫は、麻奈のマネージャーである牧野が高校生の頃から就いていたという話を知っていた事もあるのだろう。この一連の流れは本当に意表を突かれた展開だった。

意気揚々とアルバイトの面接へと乗り込んだ雫。だが、ここで彼女の運命を大きく変える出来事が起こった。それは、未来の刻でサニーピースのメンバーとして一緒に活動する佐伯遙子との出逢い。ちなみに…遙子の事は事務員だと雫は思ってたらしいww

 遙子の勘違い(ファインプレー)で、アルバイトではなくアイドルのオーディションへ通されてしまった雫。勿論、雫はその事を知らずアルバイトの面接として面接官の牧野と対峙した。当たり前の事だが、二人の話が噛み合うワケがなかった。

話が飛ぶが、遙子がさくらと一緒に雫の過去の聞き手にいたのはサニピ結成前から繋がった縁なのかと思わず膝を叩いてしまった。更に、遙子の勘違いした要因として自分が解釈しているのは、雫の中に眠っていたアイドルとしての可能性を本能で感じて無意識にオーディションへと導いた。それは、運命のいたずらってヤツなのかもしれない。遙子が勘違いしてしまう程に、雫がアイドルのオーラを発していたのだろう。多分……



 

 呪縛からの解放と開花する可能性


 意気揚々と臨んだ面接が予期せぬアクシデントにより失敗に終わった雫は意気消沈していた。でも、そんな彼女に運命は下を向く暇を与えてはくれなかった。牧野から連絡が来たのだ。しかもアイドルとしてのスカウト。雫と接して言葉を交わした時に彼の中で何かを雫に見出したのだろう。もしかすると…当時、彼にくっついてた幽霊の麻奈の方が、雫に何かを感じて助言したかもしれない。

牧野の電話により星見プロへと呼び出された雫。そこで雫はダンスレッスンに励んでいるさくらを見る。数多のアイドルを見て来た雫は、さくらのダンスが経験不足による実力の無さを一発で看破した。でも、その一所懸命さと楽し気に踊るさくらの姿に惹かれるモノを感じていた。技術があるのは勿論大事だが、それがアイドルの全てではない事も雫は充分に知っていた。

 牧野は言う。『アイドルという夢を目指す仲間と一緒にアイドルをやってみないか?』と。当然ながら、上手く笑えない事にコンプレックスを抱きアイドルには向いていないという呪縛に囚われている雫は首を縦に振れなかった。それでも牧野は雫にこんな言葉をかける。

 


 兵藤さんはアイドルに向いているよ。

 こんなにアイドルを好きな子がアイドルに向いていないはずないだろ。

 誰よりもファンの気持ちが分かる君なら

 誰よりもファンを大切にする素敵なアイドルになれる。

 

 

 自分の事は自分が一番分かっているという言葉がある。でも、自身の中に秘めている無限の可能性を自分自身が一番分かっちゃいないってのもまた真実。雫の場合は自己肯定感が低かったからかそんな秘めた可能性を信じられなくて挑めなかった。それが彼女が囚われてしまった呪いの正体。

そして、ベタな物言いだが…運命も雫を見放さなかった。彼女はなるべくしてアイドルになる存在。どういう軌跡を歩んで来ても雫がアイドルになる事は逃れられない真実なのだろう。お前(雫)がどう思っていようが関係無い。お前の往くべき道はこっち(アイドル)なんだよって。

 雫にとって、家族以外と同好の士であるオタク仲間以外の人は信頼出来なくて、繋がりの希薄な他人は純然な憧れと夢を否定して嗤う『敵』でしか無かった。でも、そんな憧れと夢を他人が初めて肯定してくれた。もね以外にも、雫がアイドルに向いていると言ってくれた他人に出逢えた事は、雫にとって本当に嬉しい事で勇気が湧いて来る事。同時に置き去りにしてしまった本当の想いと熱を呼び醒ます刻でもあった。

 


 私……喋るのが苦手で……人と関わることも下手で……

 上手に笑うことも出来ないけど……

 それでも……そんな私だけど……アイドルになりたい

 ずっと見上げてたステージに、私も立ちたい

 だから、お願いします……私をアイドルにして下さい!

 

 

 あの長瀬麻奈と共に戦って来た者が雫の可能性を信じてくれた。でも、それ以上に雫が嬉しかったのは、アイドルへの想いを嗤わずに肯定してくれた牧野の言葉。雫は夢を懸けてみようと本気で思って偽り無い意志を示した。自分を信じる積み重ねが苦手で出来なかった彼女が他人と自分をようやく信じられた瞬間でもあったのかもしれない。



 

 お疲れ様とありがとう。そして、受け継ぐ想い


 雫の過去編において、最も重要な役割を担っていたのが秋宮もねだと思っている。
雫にとっては実の姉の様な存在だし、アイドルという夢を抱く切っ掛けとなった憧れの象徴。秘めた可能性を信じ、手を差し伸べてずっと味方でいてくれた人。そして…未来の雫の姿。

 冒頭の項でも触れたが、雫の過去編の幕開けは、もねが雫にアイドルからの引退を告げる話から始まった。この作品のアイドルは例外なくデビューしたらVENUSプログラムへとエントリーされる。描写が無い為、もねがどれぐらいのランクにいたのかは分からんし、そもそもソロアイドルなのかグループに所属していたのかも分からない。

引退に至った理由を彼女が雫に説明していたが、アイドルや仕事に嫌気が差したワケでもなく、大きな何か…契約解除や何らかの病気や怪我を抱えていたワケでもなかった。小さな事の積み重ねが限界を超えてしまったからだと。

 まず考えられるのが…もねの年齢。雫とは年が離れているという事から、miho(24歳)と同年代かそれ以上だと勝手に思っている。勿論、アイドルが年齢制限のある仕事ではないが……遙子がサニピメンバーで最年長ってのを気にしている描写があるので(遙子も充分若いが…)もねも気にはなっていたのかもしれない。

 そして……おそらく、現在の刻で雫がアイドルとして活躍している事も影響している。自分の解釈としてはコレが決定打になったと勝手に思っている。

雫も思っていた様に、もねも彼女と同じステージに立って一緒に歌う夢を持っていたはず。でも、その夢を果たす事は叶わなかった。おそらく、このままアイドルを続けていてもチャンスは無い事をもねは悟ってしまった。

この過去編がどの時間軸で描かれていたのかが全く分からないが…仮に、東京編の後だとしたらサニピは『BIG4』の座にいる。ライブバトルのマッチアップは簡単にはいかないし、共演へのハードルも異常に高いモノ。つまり、雫がアイドルとして順調に活躍すればするほどもねとの共演の夢は遠ざかってしまう。まあ、雫に引導を渡されたと言っても過言ではなかった。

 同じアイドルの軌跡を往く事で、もねは雫と肩を並べて同じ軌跡を行ける存在ではない事を思い知らされたのかもしれない。アイドルに向いているってずっと激励し続けていたのはそれだけの才能を雫に感じていた。例えようの無い複雑な感情がもねの中で駆け巡っていただろう。
それでも、雫がアイドルとして活躍出来ている事や心の底から信頼出来る仲間に巡り逢えた事は本当に喜ばしくて、彼女の中で一つの踏ん切りがついたのだと思えてならない。

 そして、もねに雫がすべきなのは、引き留めて辞めるのを思い留まらせる事じゃない。
過去に囚われ、正しい行き先も生き方も分からなくなってしまった。そんな自分の手を離さなかったもねに、ちゃんとこれまでの感謝と労いの言葉を送る事。そして、未来での雄飛を誓う。

 雫にとって秋宮もねというアイドルは唯一無二の象徴。一緒のステージに立つ夢は叶えられなかったが、もねのアイドルとしての想いとPRIDEを背負って雫はトップアイドルへの軌跡を往く。5話の二人による誰にも割り込まれない対話の刻。これは互いに前へ進んでいく為に必要な決別の儀式。胸クソの悪いインプレッションを抱いた雫の過去から、このクライマックスの純然を極めた清々しさに形容し難いカタルシスを抱いた。

 

 

 

 終わりに。


 雫の過去編のテーマになっていたのは、『言葉が持つチカラ』だったのではないだろうか。
そう感じたのは、雫と瑠依がユニットを組む事を描いたイベントストーリー『並び立つ歌姫のフルリール』(5話)にて、雫の口数が少ない理由を『凄く言葉を大事にしているから』という渚の台詞。雫はその力の強さを思い知ってるから迂闊にモノを言わないのだと。それは雫のパーソナリティの一端を担っている。

 言葉が持つチカラは尋常じゃない。 人を救ったり勇気を湧かせる事もあるが、同時に人の魂を容赦無く切り刻む凶器にもなる。雫も、幼い頃に抱いたアイドルへの憧れと夢を肯定してくれる優しい言葉に勇気が湧き、LIVEを一緒に見た同好の士と感動や興奮を共有出来たり、もねは雫から感謝と労いの念が込められた餞の言葉をもらってやりきった清々しさを抱いたりした。

 一方で、夢を嗤う悪意に満ちた凶器の言葉に魂が蝕まれて、消えない傷痕は呪縛になってしまった。時には、口下手な自分をもどかしくて呪ってしまっていたかもしれない。言葉の持つチカラに良くも悪くも引き寄せられて翻弄されていた。そんな彼女が『アイドルになって良かった』と、呪縛から解かれ胸を張って言える様にまでなれたのは本当に凄い事だったんだなと胸に熱いモノが込み上げて来た……

 

 

 アイドルに憧れて夢を抱いた変わらない想い、他人が認めてくれた言葉のチカラで変わろうと前に踏み出す勇気を奮い立たせて雫の魂が再生されていく過程が丁寧に描かれていた。
兵藤雫という一人の人間とアイドルの過去・現在・未来への誓いの物語は想像していた以上に重苦しい場面もあったが、そこを暈さずにきっちりと織り込み血の流れた物語として見応えがあり素晴らしかった。