巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

血の流れる生命と星の謳~LIVEでのPolaris独自考察

 先人曰く、楽曲というモノは進化(成長)していくモノであると。


……は?お前、何言ってんだ?生き物ぢゃねぇんだぞwwと、言う方はいるだろう。


うん、そのインプレッションは間違いじゃない。でも、正解でもない。

 

しかし、その無機質なモノが有機物……言い換えるなら、血が流れて生命が宿る場と刻が存在している。


その場と刻が、LIVEというモノなのだ。

 

 

 さて、楽曲が進化するという事だが、自分がこれまでにLIVE参戦して感じたある楽曲の進化についての個人的な解釈をこれから書いていこうと思う。


その楽曲は、Wake Up,Girls!』の『Polaris

 

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 まず、楽曲『Polaris』の概要をざっくりと書く。


TVアニメ『Wake Up,Girls! 新章』挿入歌であり、作詞はWUGメンバー七人によって書かれている。劇中に於いてもキャラクター達が作詞を担当しており、後半のストーリーにその過程が盛り込まれている。音源ではWUGのベストアルバム『Wake Up, Best! 3』と『Wake Up,MEMORIAL』に収録されている。

で、実際のLIVEでは、2018年4月に開催されたWUG5周年ライブで初披露され、それ以降に出演したライブイベントにてほぼ確実に披露された楽曲。
キラーチューンであり、アンセムであり、煌びやかなだけじゃない負の感情まで謳う生命の謳。ありとあらゆる想いと魂が詰まった特別で特殊すぎる楽曲。


そして、自分が知る限り、LIVEを経て驚異的な進化を遂げた楽曲。
もしかすると今後これ以上に驚異的な進化を遂げる楽曲は出て来ないと思わされる程に強烈なインパクトを撃ち込まれたと言ってもいい。


 とは言え、急スピードで進化を遂げたワケではない。
披露を重ねる≒闘い続ける事によって楽曲が元々持っていた強さが更に引き出され、秘めていた限界領域までも解放させたと言うべきか。その要因となった出来事を検討してみる。


 最初の要因と思えるのは、2018年5月に開催された『Green Leaves Fes』

このライブのセットリストは、昼の部は楽曲を一般投票による結果によって決定し、夜の部はファンクラブ会員による投票によって決定している。

その中で『Polaris』は並みいるWUG楽曲を差し押さえて、昼は2位、夜は堂々の1位を獲得した。モータースポーツで言うならフロントローを見事に独占した形となった。

投票の基準は人それぞれ違うモノ。LIVEによく参戦される人なら披露の多い楽曲への投票はしないで披露の機が少ないレア的楽曲に投票しただろう。逆に、知って間もない人は最もインプレッションが濃くある楽曲へ票を投じたのだろう。

それらの票が積もり積もって『Polaris』を高みへと押し上げたと思う。

 

 次の要因は、落ちサビの吉岡茉祐さんによるソロパート。



  ひと粒の瞬きがボクを導いてく

  ココロから憧れた世界 満天の星空になる日まで

  ―Wake Up,Girls!Polaris』より引用



 ここのパートで高潔に歌い上げる吉岡さんの絶唱で、客席は白の光から彼女のイメージカラーである赤の光が血を流したかのようで鮮やかに染まる。この楽曲での彼女のソロパートはこの箇所のみというWUG楽曲では珍しいモノだ。

この赤の光は最初からやったワケでは無い。ファイナルツアーの最初の公演となった市原公演でこのパートを彼女が歌った時にサイリウムを赤にしている人を見たワグナーが次の座間公演で変える人が増えていって、Part1千秋楽の大宮公演でそれが完成した流れとなった。

前述に、血を流した様な赤と称しました。この楽曲でその様な表現をするのは好ましくないのは重々承知の上ですが……自分はあえて『血』という表現をこれまでにも使っています。
パート割り、推敲に携わり、血を流して生命の謳へと昇華させた吉岡さんへの感謝の念という赤の心の光なのではないだろうか。

SSAでのファイナルライブで吉岡さんは歌い切った後『ありがとう!』と言う。
我々の感謝の念と赤の心の光に対しての返礼の念が込められたモノだと勝手に思っている。

 


 最後は、シンガロングと手振りと肩組み。


 これもファイナルツアーを経て完成した流れだ。
『♪~La La La La LaLa』の箇所は七人がハーモニーを響かせると同時に観客もそれに合わせて一緒に歌いだす。曲名に冠された『Polaris』は北極星の英名でその星は古代から闇を照らして人を導く星。七人がワグナーをワグナーは七人をそれぞれに照らして導き合った。

 詞にもある『君』と『ボク』はその関係性を示唆する句なのだろう。
このみんなで一緒に歌うというのは新章の最終話のシーンにありそれを顕現させた。


そして…七人が横一線に並んで肩を組む所で観客も肩を一緒に組む。


正直な話、知り合い同士ならともかく素性も全然分からん隣の席の人と肩組むなんざ正気の沙汰ではない一種の狂気に駆られたモノ。でも、LIVEという場と刻がその概念をぶっ壊す。アスリートのスーパープレーに興奮して隣の見知らん人とハイタッチする心情に似たモノなのだろう。

書き出しにも書いたがLIVEという場と刻は非現実の領域、夢の中という解釈が出来ると思う。想いと魂が繋がって、導いて、輝いた。

しかし、終焉の刻は避けられないのがこの世の理。

だからこそ、無理だと知りつつも終焉の刻に抗う行為として共に謳い、肩を組んで繋がった尊い刻を全力で楽しもうという本能がそれぞれの身体を突き動かしたのだろうと思えてならない。

 

 

 

 七人の最後の衣裳となった『MEMORIAL』衣裳。

 

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その衣裳には、七種の歴代楽曲の衣裳のワッペンが付けられている。
Polaris』衣裳のワッペンは左胸。即ち心臓の位置にある。

私見の域ではあるのだけれども……貼る位置を誰が決めたのかは分かりません。こうあって欲しいというエゴ含みの願いであるなら、その位置は七人によって決めたのかもしれない。

心臓(ハート)=魂という想いが込められたのならば、七人の本気の想いで詞を綴っ『Polaris』を象徴しているワッペンを貼るという事は、この楽曲が特別であり特殊である様に憶測ながら思えてしまうのである。


 血が流れて生命が宿る=進化する為には、ただ単にLIVEで楽曲を歌えばいいというモノではない。演出は言うに及ばず。楽曲が披露される順番。メッセージ性、表現者自身の成長や生き様と魂。観客の声援……etc

それらが複雑に絡みながら繋がっていって……現実とは隔離された領域が創造される。
傍から見ればそいつは異様な領域でもある非日常。棘のある物言いをするなら歌う側、聴く側双方がバカやっている状況と場だ。


でも、そのバカを真剣にやる事に意味があって面白い。


この事は、自分が実際にLIVE参戦する様になって感じられたインプレッションだ。
今はまだ叶わないが、今後も様々なLIVEへと自分は参戦するのだろう。

 


そう、非現実に身と魂を委ねて、ドキドキしてワクワクしたい。

 

 

 

 

 

重なる掌に交わる指。そして…繋がる魂。

 どうも。あかとんぼ弐号です。


 様々なLIVEを観ているうちに、表現者が魅せる所作の一部に注視していく事が一つや二つや三つ、四つ…etc色々あると思います。

その所作の例を挙げていくと…E・YAZAWAのマイクスタンドを豪快に回す通称・マイクターンや吉川晃司さんの足を高く上げてドラムのシンバルを蹴るシンバルキック。聖飢魔Ⅱ『FIRE AFTER FIRE』の間奏にて、デーモン閣下が右腕を激しく回す所作…etc


(うむ、我ながら例えが古いぜwww)


挙げていくとキリがない四方山話はここまでにしますが……
と、まぁこういうのが観れるのもLIVEの醍醐味なのだと思える。

で、WUGのLIVEに於いてもその要素多種多様にあって。

自分の中では、ある楽曲のある箇所での所作が最も印象に残っていて、そいつを観る度に何と言うか……激熱なんだけれども、胸をグッと詰まらせる様なインプレッションを感じてしまうのであります。


 そのある楽曲とは、WUGのアンセムソング(個人の所感)である少女交響曲

 

 

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そして、ある箇所での所作は…2番を歌い終えた後の間奏明けから始まる、吉岡茉祐さんと青山吉能さんが互いに歌い継ぐ魂の絶唱ソロパート。



 疑うこと 覚えたらキリないけど

 みんな弱いよね 私も同じ

 人と人とがつながるって奇跡 次の瞬間

 この手は離れるから ごめんさよなら

 ―Wake Up,Girls! 『少女交響曲』より引用

 


 『この手は~♪』の箇所で吉岡さんと青山さんが振り返って向き合い、互いに手を高く挙げて(ハイタッチの様な感じ)手を合わせるこの箇所。いつ頃からか彼女達はここの手を合わせる箇所で、ただ合わせるのでなく手を繋いで握り合う所作を見せる様になったんです。

この一連の絶唱パートは、この楽曲の『要』となる箇所と自分は思っている。

ただ単純に彼女達は音をなぞって歌い踊っているだけじゃない。
二人の身体から発せられている『気』がただならない迂闊に踏み込めない領域を創造して、演目の雰囲気に没入させてしまう。勿論、吉岡茉祐青山吉能だけでこの雰囲気は創造出来ない。島田真夢と七瀬佳乃の魂が共に在って成せるモノなのだ。

見せるようになったとある様に、握り合う所作は最初からやっていたワケでは無い。
いつ頃から見せだしたのか?そいつが気になってしまったのでちょいと調べてみた。


 映像で観られて確認が可能なのは以下の通り。


 少女交響曲 MV(フルバージョン)

 WUG2ndツアー

 Animelo Summer Live 2015

 Wake Up, Girls!Festa. 2015 Beyond the Bottom Extend

 WUG3rdツアー

 Wake Up, Girls!Festa. 2016 SUPER LIVE

 WUG4thツアー

 Wake Up, Girls!Festa. 2017 TRINITY

 WUG5周年記念ライブ

 Green Leaves Fes (昼夜)

 WUGFINAL TOUR ‐HOME- PartⅡ~FANTASIA~

 WUGFINAL TOUR ‐HOME- PartⅢ~KADODE~

 WUGFINAL LIVE ~想い出のパレード~

 


 これらのライブで『少女交響曲』は歌われ、その中で前述の握り合っている所作を見せていたのは、3rdツアー(微妙だが握っている様に見えなくもないのでカウントした)
4thツアー、FANTASIA KADODE、SSAのファイナルライブの5つ。

映像化されていないライブで見せていたのかを確認する術を自分は持ち合わせていないので狭い範囲でしかないが……一つ、興味深い発見があった。

それは、最後のライブ(千秋楽・ラストライブ)で握り合う姿を見せているという事だ。

 

2016年、決死の覚悟と執念で挑んだ3rdツアー千秋楽。

2017年、変わろうと願って一歩前に踏み出す勇気と変わらない想いを抱き臨んだ4thツアー。

2018年、約束の地への軌跡を開き、幻想が現実となった刻

2019年、始まりの聖地と約束の最後の刻で見せた生き様……


 この握るという所作について、吉岡さんは最後のBlogに想いを綴っている。


 

 吉能との掛け合いのパートはいつも背中で感じる気合いに負けないようにと、

 イヤモニをしていても必ず外して直で聞いていた。

 あの時、お互いに振り返り、手を合わせる瞬間、自然と握り合って、

 よく頑張ったな、と称え合うように通じた瞬間は鳥肌がたった。

 
 ―Wake Up,Girls! official blog 『Wake Up, Girls!@吉岡茉祐』より引用

 

 

 二人で予め示し合わせたのではない。互いの本能と島田真夢と七瀬佳乃の魂が二人の手を握り合わせたのだろう。理屈じゃないんだ。彼女達が紡いできた闘いの物語が昇華しこの楽曲に新しい血を通わせた。WUGが終焉の刻を迎えても消えない、離れないモノが彼女達の魂に撃ち込まれて存在している。彼女達の手が合わさって交わる指はそれを伝えるメッセージだと思えてならないのだ。


 彼女達が限界領域の向こう側まで踏み込み、交わった手を握り合う姿……

 

単純に合わせた掌を互いの指が交わって握り合っただけ。
でも、その単純な所作で楽曲に新しい血が流れて楽曲を進化させた。

 

それを観れたという真実は本当に幸せな事だと思っている。

 

 

 

 

復活の刻~J1リーグ戦再開に寄せて。

 ようやく、今週末(7/4に)J1のリーグ戦が再開される。


依然として予断を許さない状況ではあるが……待ちに待った再開の報と近づいてくる刻に、心がざわざわと戦ぎ、胸が高鳴って来ているのだ。

欧州のリーグ戦再開、つい先日にはプロ野球がようやく開幕、プロレスの試合も再開する様にまでなり。J2のリーグ戦もつい先日再開を果たした。勿論、全てが元通りになったワケでは無いのだけれども…本当に再開出来た事は喜ばしいことだと思えるのであります。


 イレギュラーな状況で再開される今季。いつにも増して過密な日程の戦いが各チームを待ち受ける。
そこにカップ戦(ルヴァン杯天皇杯)、そしてACLに参戦しているチームはより厳しい日程だ。


(更に言えば、代表戦も絡んで来るだろう……)


これから暑くなってくる季節、例年以上の過密日程……ハッキリ言ってしまえば怪我人がゼロで終われる保証なんてモノはない。その厳しい日程に際して導入されたのが、選手交代枠が5人までの拡大。
この要素をどれだけ活かす事が出来るかが今季の戦い方のカギとなる部分だと思う。加えて、これまでのシーズン以上に若手や新戦力の台頭、監督の采配、切り札(ジョーカー)の存在は益々重要になって来る。

ただ、5人も入れ替えてそのままチームのバランスとベストパフォーマンスを維持できるチームは現状でJのチームにはいない。(欧州のトップチームでも稀だろうが……)
とは言え、今季取り入れる事となったこの要素は面白くもあり、また、スリリングなモノとなるのは間違いないのではないだろうか。

 

 サッカーでわくわく、ハラハラしたい。


 サッカー番組『FOOT×BRAIN』にゲスト出演された大杉漣さんが言っていたこの言葉。
これは、サッカーだけには留まらなくて映画だったりライブを見た時のインプレッションにも通じ、何かを持って帰りたいし、欲して求める要素と仰られた。自分は大杉さんの言葉を聞いた当時は思わず膝を叩いて感銘したのを覚えている。当Blogの幾つかの記事にもこの言葉の文面をちょっと変えた文言で書いたりもしている。


 もうじき、サッカーを観てわくわくしてハラハラ出来る刻がやって来る。


自分が応援しておるFC東京はアウェーでレイソルと対戦する。
選手達がどんなプレーを魅せてくれるのかは楽しみなところではあるが

当たり前が当たり前でない事を思い知らされた今だからこそ
これまでのシーズンよりもより楽しくJリーグの試合が観れる様な気がする。

 

 

 

RGR楽曲ライナーノーツ#3 キラッとスタート/プリマ☆ドンナ?メモリアル!

 どうも。RGR楽曲私的ライナーノーツのお時間です。


今回紹介していく楽曲は、彼女達にとって縁深き巡り逢いとなったコンテンツに関わる大切なモノとなっている。その楽曲の魅力を少しでも多く伝えられればと思い、これから書き殴っていこうと思う。

 

 

 


 
 キラッとスタート

 

 

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 TVアニメ『キラッとプリ☆チャン』オープニングテーマであり、2ndシングル。


この作品は『プリティシリーズ』と称されるカテゴリーに属しており、メンバーも作品の主要キャラクターのキャストとして出演を果たしている。この縁はRGRにとって今も続く強い結び付きとなっている。

当Blogに厚木那奈美さんが演じる主要人物の一人、青葉りんかのキャラクターソングの所感を書き殴っておるので興味が湧きましたら、読んで下さると嬉しく思います。

(唐突な宣伝www)

 

akatonbo02.hatenablog.jp

 

akatonbo02.hatenablog.jp


 アイドルアニメの主題歌として、奇を衒わない楽曲の構成となっており、前作までのRGR楽曲のテイスト(ロック調)とはまた違う雰囲気を三人のフレッシュな歌声が醸し出しているのが最大の特徴。そして、詞の構成も夢を抱く女子の背中を後押しをするかの様な、煌びやかでもあり元気づけるモノとなっている。

『スタート』と曲題に記されている様に、この楽曲はRGRにとってもう一つの『始まり』の楽曲であるとメンバーは語られていて、周りを励ます想いが込められているが、謳う彼女達もこの楽曲に励まされているという互助関係(持ちつ持たれつ的な)にある楽曲でもあると個人的には思える。

 

 みんなのフォローがあれば無敵 だから羽ばたこう

 ―Run Girls, Run 『キラッとスタート』より引用

 

 フォローという言葉は好意的な感情という応援の声へ直結していく言葉と解釈出来ると思う。応援の声を直に聞き力に変え限界を超える為に羽ばたく燃料へと変換していく……ここは楽曲の最高潮のエモーショナルポイントであり要を成す箇所。みんなの~パートを歌う森嶋さんは感謝の気持ちを全部乗せて歌ったと言う。で……サビへと向かう前のフレーズ『だから羽ばたこう』と歌う林さんの伸び伸びとして張りのある歌声はまさしくフレーズにあるサビへと羽ばたく高揚感を纏った見事な歌声なんだ。


 そして、もう一つの要となるラスサビ前の『信じてやってみよう』の節。
ここを歌う厚木さんの歌声は柔和かつ繊細で芯の強さを感じられる。

『やってみなくちゃわからない!わからないならやってみよう!』と一歩踏み出す勇気を描いているのが『キラッとプリ☆チャン』が伝えていきたいテーマとされている。
自分自身と、共に往く仲間、寄り添ってくれる楽曲を信じる事を貫き通してひたすら前へと駆けだす。
三人が往くもう一つの軌跡は茨の道か、ぬかるんだ道か、彼方に光差す道なのかは往かなければ分からない。


 それでも、彼女達三人は信じてスタートを切ったのだろう。
煌めきが広がる景色に辿り着く事を目指して。

 

 

 

 

 


 プリマ☆ドンナ?メモリアル!


  
 『キラッとスタート』のカップリング楽曲。こちらも『プリティシリーズ』の楽曲であり、『劇場版 プリパラ&キラッとプリ☆チャン ~きらきらメモリアルライブ~』の主題歌となっている。


 この劇場版作品は『プリティシリーズ』から『キラッとプリ☆チャン』へと繋がる内容になっているとの事で、歴代の作品のタイトルや作中の台詞等、詞にシリーズへのオマージュが散りばめられた集大成となる楽曲との事。例を一つ挙げると、『プロミス 交わす約束』~『ライブ~』までの箇所の詞を縦読みすると最初の一文字目が『プリパラ』となる。

 曲調も『キラッとスタート』の系譜に連なっているが、こちらはテンポの勢いで突き進む感じのガーリッシュ的な愛らしい可愛らしさ(キュートさ)ではなく、フェミニン的な麗しさを感じさせるベクトルの可愛らしさ(プリティさ)。森嶋さんが言っていたこの楽曲の上品な可愛らしさの正体が、おそらくそれによる違いなのだろうと勝手に解釈させてもらった。曲題にあるプリマドンナの第一に浮かぶであろう上品というインプレッションにも掛けているとも捉えられなくもない。


 前述にあるように、この楽曲は『プリティシリーズ』の集大成となる位置付けに存在している楽曲。
以下に挙げる節は『集大成』という根拠と楽曲のキモとなる箇所であると感じている。

 

 ドキドキってドンナ?(モーメント) 

 キラキラってドンナ?(メモリアル)

 自分を変えちゃう時間だよ 輝くわたしになりたい!

 トキメキってドンナ?(フィーリング) 

 ワクワクってドンナ?(エモーション)

 未来に描いたイメージを叶えちゃおう だって!ダレだって!プリマ☆ドンナ!


 ―Run Girls, Run! 『プリマ☆ドンナ?メモリアル!』より引用

 

 特に気になったのが、括弧で括られたコーラス部分に割り振られた四つの英単語。
モーメント(瞬間)、メモリアル(本来の意味ではないが、おそらく記憶としての意味で使っているのだろう)、フィーリング(感覚or気持ち)、エモーション(強い感情≒感動)となる。
英語のままでこれらの節を歌うのは、聴き心地の良さと音としての響きを配慮しているのだろうし、そのまま捉えても何の問題もないと思える。あくまでもコレは私見の域だが、和訳して文脈を見ていくとよりここの節の箇所が深みを増す様に自分は思えてしまうのである。


 過去から未来へ想いを詞とメロディに乗せて、次世代の者達(RGR)へと託す。
長く続いているコンテンツだからこそ出来る事であり、シリーズのファンでRGRを知らない層へのお披露目的な楽曲の様にも……と、何とも粋な計らいと思えるのではないだろうか。

 

 『Run Girls, Run!』と『プリティシリーズ』との巡り逢いによって出来た『縁』とこの二つの楽曲は、RGR楽曲の新しい『軸』と『可能性』になった楽曲だと自分は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

六月の雨を忘れない。

 人は忘れる生き物だと云う。


人にとって、忘れるという事は自然の理=当たり前のことであり、忘れる事によって魂の安定を図って生きていけるとされていると云う。そして、特権であるとも云われる。

しかし、忘れてしまった事も何らかの切っ掛けで鮮明に記憶を取り戻す事もある。それもまた、生きていく事に於いて必要不可欠なモノだとも言える事の様に思える。特に今の時代、その切っ掛けとなる媒体が多く存在している。
 

人は、忘れる生き物でありながら、忘れられない生き物でもあるのかもしれない。

 

 今年も、早いもので半年が経ってもう六月に突入した。
鼻腔に飛び込む季節の匂いに湿気を帯びた雨の匂いを感じる季節が来た。そして、網膜に移る風景は厚い鉛色の雲が空を覆った曇天模様。他の季節でもこれは感じられるモノではあるのだけれども、この六月という暦、五感への情報と刺激はある記憶を呼び覚ますトリガーとなるモノなんだ。


この日の東京の天気は雨模様。WUG聖地の仙台も雨模様だったと云う。


 あの日……2018年6月15日。ユニットとしての『Wake Up,Girls!』解散発表。
大袈裟な物言いになってしまうが、その報は一つの歴史の分水嶺であり終焉を告げるモノだ。きっちりと解散させるというのは聞いていた事ではあったが、いざ不意に聞かされた当時のショックは本当に大きかったものだ。

この時に感じたショックや悔しさは、リアルタイムで追っていた者にしか共感出来ない伝聞で知る事とリアルで体感した事の確かな違いの差。
これは紛れもない事実であるが、俺はその事実で別にマウントを取りたいワケでは無い。悔しさとあるが、最近知って惹かれた人にも知るのが遅かったという悔しさがあるだろうから。

ベクトルは違うが、共に感じた感情は同じモノで優劣なんかないのだ。

その刻でしか体感できなかったあらゆる感情はデータには残らない。当時を生きていた者達一人一人の胸の中にあるモノ。俺はそれを語り継ぐべきだと思っている。語り継いで未来へと繋ぐのは人の手で成すしかないのだから。


 このBlog内にWake Up,Girls!の事を彼女達を知り推す事となった時期から書く様になって、その記事数は現在200以上にもなった。勿論、これはただの数字でしかないが、一応俺としてはWUGの良さを伝えたいという執筆動機があって書き続けて来た。だから、最近知った人やこれから知ろうという層に読んでもらえると嬉しいし前提知識が無くても読めるように配慮しているつもりだが……

出来ていないと感じてしまったのなら、それは申し訳ない。
おっさんの熱が暴走したと思ってくれ。

 

 年を重ね誰もが何らかの事項を忘れてゆく。それは避けられない自然の理。
これから先、いつまでこの日の記憶を留めていられる自信と確証は無い。もしくは、朽ち果てるまで留めていられるのかもしれない。それは本当に分からないモノだ。

だからこそ、今記憶が鮮明に在るうちにこうやって文章を書いているのだと。



 また どこかの場所で そっと鍵をあければ

 勇気があふれだす 旅人を癒す水のように

 ―Wake Up,Girls! 『さようならのパレード』より引用



WUGの最終楽章『さようならのパレード』のここの節々、あくまでも私見だが記憶と記録について謳っている様に思えてならないのだ。


 六月の梅雨という暦、五感に訴えかける雨の匂いと曇天模様。
そして、自分が残した当時の文章が鍵となって記憶の扉が開かれる。


 六月のあの日の雨を忘れない…いや、忘れられないのだと。

 

 

 

RGR楽曲ライナーノーツ#2 スライドライド/サクラジェラート

 どうも。RGR楽曲私的ライナーノーツのお時間です。

今回は『Run Girls, Run!』のメジャーデビューシングルとなったCD『スライドライド』に収録された二曲について書いていこうと思います。


自己満足感満載の拙い駄文で申し訳ないが、こんなアウトプットを恥ずかしげも無く書けるヤツが世の中にいやがるのか生温かい視点で読んで下されば幸いである。

 

 


 スライドライド

 

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 Run Girls, Run!のメジャーデビューシングル楽曲。1stアルバム『Run Girls, World!』にも収録。
TVアニメ『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』のオープニングテーマして使用された。
Run Girls, Run!の初のアニメ・タイアップ曲。そして、メンバーの一人である厚木那奈美さんがマーサ役として出演している。


 曲調は、疾走感に溢れるロックチューン(プログレッシブロック調)に仕上がっていて冒険譚のOPテーマに相応しいモノだと思える。また、低音域の静から高音域の動への振り幅が広く難度が高い。この差によるモノも冒険譚の早い物語展開をメロディで描写していて、原初の楽曲である『カケル×カケル』の系譜をなぞっている様に感じられ、疾走感のある楽曲を軸に携え闘いに打って出るという意欲に満ちた楽曲ではないだろうか。

『カケル×カケル』が起伏の緩やかな道筋を疾走するイメージだと自分は捉えていて、で…この楽曲は疾走するイメージは同じモノだけれども、荒れ放題の獣道で尚且つ吹き荒ぶ風のオマケ付き。アーティスト『Run Girls,Run!』としてここから駆け出す未知の軌跡を思わせる様な……曲調が難解だと自分がインプレッションとしたのはそこ(三人の旅路の険しさ)が影響しているのだろう。


 未来は熟した 今 逃げない 負けない

 さぁ 原点に立ってる 容赦なく

 pride cried tried→tried→try slide

 ―Run Girls, Run!『スライドライド』より引用



 pride cried tried→tried→try slideの部分を直訳すると、prideが誇り。criedは泣くという意味が一般的だが、叫ぶという意味もあって、おそらく後者の叫ぶという解釈だと勝手に思っている。
で、tried(試した)が二回続いているのは、試したが出来なかったという意味があるともされ、二回目の『tride』再度試そうという決意を叫び、slide(移る)で荒れ放題の軌跡へと挑む。

ユニット名を記した旗を立て、決意滾る三人の双眸の力強さと、三人が立っているであろう荒野(勝手なイメージ)はここから旅立つ彼女達の原点であり挑戦なのだろうとここのサビ前の節々からは思えてしまうのだ。

前述にあるが、この楽曲は異世界を舞台にした冒険譚のテーマソング。
冒険譚の要となる要素の一つとして仲間との絆が挙がって来る。
それがダイレクトに感じられ彼女達が楽曲のエモーショナルが最高潮と語っていたのが、三人の歌声による掛け合いがあるDメロ部分だと。


    できる できないことが できる

 (予感やヒントは)スライドライド

 (どこから来る) スライドライド

 (自分からの) スライドライド

 《過去と今と未来からの》 (贈りものだ)

 ―Run Girls, Run! 『スライドライド』より引用


 ここの節はこれまでの疾走感は一旦鳴りを潜めて、沁み入る様な曲調となってそれぞれに特徴が異なる三人の歌声が響く。MVでは辿り着いた城で突き刺さった剣を三人の力を合わせて引き抜くシーンが描かれていてそのシーンはこのDメロパートから始まる。剣が持つイメージの一つとされているのが力の象徴。それはRGRとしての力を示すシンボルと結びつく……


そして、このパートこそがこの楽曲の『要』なのだと個人的に感じる。


 ユニット名を刻んだ旗が原初の楽曲『カケル×カケル』のシンボルとするなら
三人の力で引き抜いた剣のシンボルがこの『スライドライド』という楽曲なのだろう。この楽曲は難解で楽曲の力に振り回されてしまっていたのかもしれないが、三人はそれから逃げずに真摯に向き合った。サビの詞に何度も…まるで摺り込む様に使われている『trust』は信頼という意味を持つ英単語。自分や共に往く仲間で、付け焼刃も叩き続ければきっと『真剣』(ホンモノ)になると信じて、走り闘う決意を示す。

 
 自分の中の狭い定義ですまんが……この『スライドライド』という楽曲。
Run Girls, Runの『アンセムソング』であると勝手に叫びたいと思う。

 

 

 


 サクラジェラート

 

 

www.youtube.com

 

 デビューシングル『スライドライド』のC/W楽曲。
ここで注意していただきたいのは、この楽曲は1stアルバム『Run Girls, World!』には収録されていないので、購入される際には是非とも注意されたし。

ダンスの振付は、ダンスを得意とする厚木那奈美さんが担当している。

曲題に『サクラ』=桜とある様に、この楽曲は『春』を題材にしている。
RGR楽曲のもう一つの軸を成しているのが、後でここでも取り上げるが季節の中移ろいゆく恋愛模様を題材にしたラブソング『季節楽曲シリーズ』なのである。


…公式名称は不明なのでここではこの様に称します。


 曲調は、和のテイストを醸し出すテクノポップ調でこれまでの楽曲とは雰囲気が変わった変化球的な楽曲だというインプレッションを抱いた。メロディのみで捉えると沁み入る要素でありながらもキュートな可愛らしさを模している曲調だと。そして、曲調に乗せて舞い踊るダンスの所作もそのキュートさをより引き立たせるモノだ。
だが、このキュートな和風テクノポップに詞というエッセンスを加えると……切ない恋慕の情という味変という化学反応が生じて春限定の『サクラジェラート』という氷菓(楽曲)の出来上がりだ。

サビで醸し出される幻想的な要素もこの楽曲の魅力だが、それ以上に『切なさ』…桜が持つイメージでもある『儚さ』がこの楽曲のキモになっている要素だと思えるのだ。


 ひとりベンチから見てる マンガみたい

 会いたかっただけ 星が降ってくるのを待つ

 少し寒い サクラジェラート

 ―Run Girls, Run! 『サクラジェラート』より引用


 この楽曲の物語の主役は思春期の少女だろう。春と言い切るにはまだ肌寒い夜に彼女は、普段行かないお洒落な店で精一杯の慣れた仕草でアイスを買って公園に向かった。
気の早い春と詞にある。彼女の着ている服が春物だったのもあるし、おそらく彼女は意中の片思いの相手『きみ』に告白する為に公園にやって来たのだろう。上記に挙げたサビの節は少女の心模様を表現しているのだと。星の降る頃=夜空になる頃合いに『きみ』が来る事を願い待っている。

シーズンには早い春物の服で着飾り、普段行かないようなお洒落な店で買い物をする。
ラブソングの所感でこの表現はどうかとも思うが、この少女は勝負に出ている。

 


結論から言うが、この勝負に彼女は負けます。

 


 いけないものを見てしまったと 気まずさの色が濃くなる

 ここから遠ざけられたくない 気づいていないような動きをした

 ―Run Girls, Run! 『サクラジェラート』より引用

 


 見たくないモノを見せつけられてその場には一秒たりとも居たくはないが、けど……想いを寄せる『きみ』と空間を共にしたいというジレンマに苛まれる。魂の平衡を守る為に少女は現実から目を背ける事を選択した……多少感じる歌声の朗らかさはそれを表してるとも取れる。

切なさと儚さというエッセンスを過剰投入させられ味変の最終形態になったこの状態が『サクラジェラート』の本当の味である事を少女と受け取り側である我々は思い知らされた。もう、制作陣の掌の上でいい様に転がされた。


 結論を言うと。この楽曲はキュート且つ幻想的な外面を持つが
内に潜む顔は届かぬ想いに焦がれ片想いに悩む女子の気持ちをのせた切ないラブソング。切なさと儚さは前述でも述べたが桜が持つイメージの一つ。


 そして、しっとりと傾聴させる系譜の楽曲がディスコグラフィに加わった事は『Run Girls, Run!』の新たな可能性と幅の広さをアピールするモノであると勝手に断言したいと思う。

 


 
 以上が『スライドライド』&『サクラジェラート』の独自考察となります。
ここに書いたのは勿論正解でもなければ。こうだ!と押し付けるつもりもない。ただ、こういう解釈もあるのかという数多ある可能性の一つであると示して筆を置く事と致します。

 

 

 最後まで読んで下さりありがとうございました。

 
 

我慢せずに『好き』を吐き出せばいい。

 先日、東の都(東京)も緊急事態宣言がようやく解除された。

とは言え…ウイルスの奴がまだまだ蔓延っておるのは変わらん事実として在って、我々の喉元に刃を突き付けた状態で油断は出来ない状況だが、取り敢えず一歩前に向かえたと思えなくもない。

 

 で…この緊急事態宣言の期間中、自分は、あるキーワードをよく目にした。


 『最近、WUGを知りました』
  
 『今更ながらWUGにハマった』

 『解散後、初めてWUGを観た』…etc



どの言葉も、最近WUGを知って惹かれたと思わせるモノ。そして、その言葉を目にした数多のワグナーが色々と楽曲や過去の番組等を薦めたり、過去のエピソードを紹介したりする模様を目にしたし、自分もまたこのBlogの存在をご新規様達に伝えてみたりした。

この光景は、WUGが解散する前からよく見られたモノではあるのだけれど、解散して一年の刻が経った現在でも当時と何ら変わらない熱を帯びてた様に感じられたのだ。


 その最大の要因となったと思っているのは、冒頭に挙げた緊急事態宣言による自粛だろう。これによって、ありとあらゆるコンテンツのイベントが容赦無く延期や中止にさせられた。


イベントが無いからまぁ……暇を持て余す。


時間が空く事が多くなり、尚且つ様々なコンテンツが過去のライブ動画や演者が立ち上げた動画配信によって自分がこれまで見向き出来なかったモノに新しく触れてみようという人がいろいろな界隈に溢れた。『Wake Up,Girls!』というコンテンツもその奔流に乗っかる事が出来た。そして、新しく知った人の熱い情熱の声がネットに溢れる。
個人的に、これは嬉しい事だと思っておる。


 その溢れる数多な声を聞いて、Welcome!と好意的に受け入れる人もいる一方で、今更知ったの?的な冷めた眼でいる人もいるだろう。それについて自分は、ごく自然で当たり前の反応だと思っておるのでどうこう言う気はない。


が…ある日、TwitterのTLを流し見しておったらある呟きが眼に入ってしまった。


流石に、公の場で誰が書いたとかを言うワケにはいかないので、内容をざっくり言うと上記の『今更知ったの?』『自分はいい時を観て来た』という旨の事だった。所謂、マウント取りというヤツだろう。これ書いた人は俺なんかの零細Blogなんざ読んじゃいねぇだろうから、ちょいとここから毒を吐いてしまうがwww暫しのお目汚しをご容赦願います。


 知って惹かれるのに時期が早いも遅いも無ぇんだよ。何かが突き刺さる刻は人それぞれに違う。いい時に知ってリアルタイムで楽しめたのならそいつを余すところ無く言語化して伝えてみろよ。して無ぇんだろ?アクションを起こさない限り、仮にツアーを全通した事実だけでマウント取っても俺には一切響かない。『全通?だから何?』という言葉で返してやるよwww

呟いた方はそんなつもりは無いのかもしれないけれど、俺にはそいつの呟きがご新規さんを嗤ってたエゴの様に受け取ってしまった。
普通だったらこんなモノは右から左へスルーしていくのだが…何かかなり癇に障ったのでそいつの呟きを貼り付けてやろうかと思ったが、それはやっちゃいけないし、何より直に関わり合いになると碌な事にならんのは明白だったのでこの様な濁す形で書き殴ってしまった。


 で……もし、この様な旨の書き込みを見てしまってWUGへの大好きという気持ちを解き放つ事を躊躇い、気後れされてる人に言いたい。

物語の見え方と捉え方は刻によって違うモノだ。
リアルタイムでしか響かない事は当然ある。だが、終焉から刻が経って響くモノもあって熱も違う。本気の想いを形にして解き放つ事に満点や正解や優劣なんてありませんし、資格や知った期間の浅深なんて要りません。誰だって知った間もない頃は知らないことだらけだ。

もっと知りたい!という知的欲求は強いエネルギーを発する。ちゃんと対峙して観た末に解き放った言葉に応えてくれる人は必ずいると自分は思ってますし、そして、新しい観点での解釈に触れる事も重要な事。自分はそんな新しい物語をもっと知りたいのでネガティブな意見は意に介さず思う存分に本気の想いを叫んで欲しいものであります。



 『WUGはまだ間に合う』



この言の葉もある方が呟いたモノ。(上記に挙げた今更云々とは別の人)


いろんな考えやインプレッションがあって、違うのも当たり前。
ただ、あの七人を見た時に感じるドキドキしてワクワクする事に於いては同一なモノなのだろう。
それも知って惹かれた期間の浅深を問わない平等で尊いモノだと思います。

グループとしてのWUGは確かに終焉したが、コンテンツとしてのWUGはまだ生きている。
コンテンツの方も、何時終焉を迎えるのかは予測は出来ないが…続く未来の刻もまた予測できないモノだ。七種七様の扉を開けて未知の領域へと踏み出した七人の軌跡が再び一つの軌跡に重なる刻が来るかもしれない。自分はそんな未来の刻が来るのを未だに信じていたりするんだ。

 


 そう、まだまだ『楽しみ』は尽きていない。これからに続いているのだから。