巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

新たな『Page』に綴った歌姫の温かさ~青山吉能 Birthday Live『鉄は熱いうちに打て』参戦レポ

 5月15日。横浜ランドマークホールにて開催された
青山吉能さんのBirthday Live『鉄は熱いうちに打て』に参戦して来た。

 

 

 自分は、青山さんが歌う姿を直に観るのは、三年前の『Wake Up, Girls!』FINAL LIVE以来だったりする。

ソロデビュー楽曲がリリースされ、このBirthday Live開催の報を知った自分は、チケット応募が解禁されると一切の迷い無く速攻で昼夜共に応募した。参戦理由を述べるのなら本当に単純な一点のみだ。


青山吉能の、偽り無い本能による…血の流れる魂の絶唱を浴びたいからだと。

 

 

 そのLiveの結論から言ってしまうが……

 

 『今』の刻をちゃんと闘っている青山吉能の『強さ』を感じられた。


でも、それ以上に、青山吉能の誠実さと優しさがもたらす温かみに溢れたLiveだった。

 

 

 激熱でエモーショナルなLiveだったってのは疑いようの無い事実としてある。だが、それで一括りには出来ない感情も一緒に湧き上がってしまったのだ。ハッキリ言ってこういう何か形容し難い感情は初めての経験だ。だから、参戦レポを書こうとしている今の刻で頭抱えて畳を転げ回っておる次第……

正直な所、どういう切り口で書きゃいいか取っ掛かりがつかめないし、落し所も全く見えやしない。そんなLiveの事を、出涸らしになりつつある記憶を脳ミソから絞り出して、出来得る限り言語化してみようと筆を執っていく事にする。『鉄は熱いうちに打て』の諺通り、感動も同様で、その熱が冷めないうちに書き綴るのが良いはずだから。

 

 

 


 変わらないモノと紡いだ縁というPage

 

 自分は青山吉能について、当たり前だが多くを知っているなんて、とてもじゃないが言うつもりもないし、そもそも言えない。彼女がいろんな番組とかで見せているパーソナリティを見聞したりして、それをごく狭いインプレッションとして認知しているだけに過ぎない。故に、ここから書き殴っていく事は自分が抱く勝手な青山吉能のパーソナリティである。


 トークパートでの彼女は、本当に昔から変わらない0か100%の二択しかない。
よく笑うし、わちゃわちゃと落ち着きが無かったり、ネガティブに沈むときはとことん沈んだりと……まあ、分かっちゃいたがこの人は本当に面倒くさい人だなとwww


 けど、いつでも全力全開の直球勝負と、偽らずに弱みを曝け出せて強みに出来るというのが青山さんのいい所でもあるし、そういう部分に惹かれる人は多いのかなとも思える。それはファンだけじゃなくて、彼女と一緒に仕事をされる人達も同様に感じてるのかなと。

昼の部で、トークパートの進行を務めた構成作家の浅野さん。バースディメッセージを動画で寄せた『プラオレ!〜PRIDE OF ORANGE〜』にて青山さんと共演されている本郷里美さん。声優デビューから長く、深い縁で繋がっている戦友・田中美海さん。更には、青山さんが憧憬を抱く早見沙織さんからもメッセージが寄せられる。どの方も、深愛の情を感じられる言の葉を青山さんに贈られたと感じられた。

そして、このLiveの演奏を彩ったバンドメンバーの方々。青山さんが紹介した際、おじさん達と呼ばれていたが、どの方も実力派のプレイヤー。Liveでの演奏は本当に楽しそうに演奏されていたのが強く印象に残っている。


 前述でも触れたけど彼女って根本的に不器用で面倒くさい人。でも、それ以上にクソがつく程生真面目な人だし、凄く他人に気の遣える真摯な人でもあると思う。この部分は何一つ変わっちゃいなかった。だからこそ彼女は信用されているし多くの人達から愛されているんだろうなと。

で、会場内の至る所に貼られていた様々な案内板は手書きによるモノで、それを書いたのは青山さん自身によるモノだという。そこにも、彼女の気配りと心遣いを表れた温かなモノだ。(写真撮るの忘れたが……)

ただ単純に書いたのではなく、イラスト添えたりデコレーションが施されたり、披露する楽曲のヒントが隠されていたり(鈍感かつその楽曲知らん自分は全く気付かなかったがwwww)手作り感もあり遊び心も忘れていない。

それと……客入れBGMで流されていた楽曲は、青山さんが生まれた1996年にリリースされたヒットソング。途中で何か気付いて勝手にノスタルジックな衝動に打ち震えてみたり……

ただ決まった刻の中ホールで歌って踊るのがLiveではないと。開演前や終演後の刻までひっくるめて、会場全体という領域全てがLiveでありその細部にまでTeamよぴぴは拘り抜いたのだ。だから、このLiveは配信という選択をとらなかったのだと思えてならない。


 
 自分も楽しんで、なおかつ来てくれた人達も楽しんでもらいたいと青山さんは言った。
彼女の誕生日を祝いに馳せ参じたが、青山さんの誠実さと深愛の情に心打たれたのである……
 

 

 


 ボーカリスト青山吉能の真骨頂と進化

 

 青山さんがこのBirthday Liveにおけるセットリストの要としたのが、これまでに彼女が巡り逢った楽曲。デビュー楽曲は当然の事、聴いて多大なインプレッションを抱いた楽曲と演じて来たキャラクターの魂でもって歌うキャラクターソング。

口の悪い表現になってしまうが……このLiveはカラオケライブと揶揄されても仕方ないセトリになっていた。まあ、彼女の持ち歌自体が少ないってのもある。でも、青山吉能の表現のチカラがそうさせなかったのだ。

ただ単純に音をなぞって歌うのではなく、様々なテーマを設けて楽曲の持つ物語を繋いで引き出し、新しい楽曲の表情を魅せた。言わずもがな、このLiveの主役である青山さんの多様な歌声も見事なモノで、彼女がきちんと謳えて血を流さないと楽曲は死ぬ。

直向きで真っ直ぐ。顔で歌い、爆ぜる感情を余すところ無く歌声に乗せていくのが青山さんの謳。でも、あの場で感じられたのが、いい意味で力を流していた部分ではないか思っている。出し続けるのでなく瞬間の一点のみ100%の力を出すみたいな。

0or100の極端な二択のみで突っ走るハイスパートではなく、抑揚が付く事による深みの様なモノが彼女の歌声の質に進化したのだろう。時に沁み入る様に聴かせ、ある部分では一気に感情を爆ぜさせる絶唱だったり。落差をつける事によって観客の感情も揺さぶられていく。


 このLiveで歌われた楽曲は、ほとんど自分の知らない楽曲ばかりだった。でも、どの楽曲も何かに惹き込まれる様に聴き惚れさせられたのだ。自分だけかもしれないが……カバー楽曲を歌われた際、全く知らん楽曲を歌われると一気に醒めてしまう場合がある。

けど、このLiveではどの楽曲も醒めるという事が起きなかった。それは、青山吉能が歌によって創造した領域に魂がいい意味で囚われたからだと思っている。圧倒的な説得力で徹底的に打ちのめされたと言っても過言では無かった……


 彼女の謳を直に聴くのは三年振り。自分には歌の良し悪しを測れる物差しなんてないけれども……この年月で青山さんが逃げずに真っ向から日々を闘って得られたいろんな要素が、彼女の表現力の限界領域を超えて上の段階に昇華していったからと勝手に思い込んでただ唸っていた。

 

 

 

 

 境界を越えて繋がる縁と魂

 

 ここで言う境界というのは、表現者(声優)である青山さんと彼女がこれまで巡り逢って来たキャラクターとの関係性を指す。このLiveでは、青山さんが演じられて来たキャラクターと出演作品の楽曲も歌った。

様々な楽曲があったが、やっぱり自分の中では、彼女にとってデビュー作となった『Wake Up, Girls!』の七瀬佳乃のキャラクターソングが特にぶっ刺さったのだ。更に言えば、七瀬佳乃も5月15日が誕生日。青山さんにとって欠く事の出来ない血の繋がりよりも濃くて深い縁で結ばれた魂の片割れと称して良い存在なのかもしれない。


 『Dice of Life!』と『青い月のシャングリラ』が聴けるとはまさか思ってなかったから、メロディが流れた時は本当にもう感情が迷子になって散々迷った挙句爆ぜた。そうなってしまうのは、青山吉能の傍らに七瀬佳乃の想いと魂があの刻とステージで共演を果たせたからだろう。

そして…七瀬佳乃のアイコンと称される楽曲『ステラ・ドライブ』で響かせる清廉で伸びやかな絶唱がまた聴けたというのが本当に嬉しかったし、彼女の絶唱の余韻の心地良さににしばらく浸っていた。


 

 

 

 青山吉能にしか謳えない、青山吉能だけの謳

 

 Birthday Liveにおいて、自分が最も直に聴きたかった楽曲は『解放区』と『わたしの樹』


必ず歌うであろうという根拠のない確信を抱き、参戦を迷わず決意して動いた最大の要因は、この二曲を直に聴きたいという想いだったから。そして、それが叶った。


 Birthday Liveという一つの区切りとなる機会で謳われた『わたしの樹』
この楽曲は、青山さん自身を『樹』になぞえらえて詞が綴られ楽曲の世界観が構築されている。

音源のみで聴いた頃から、この楽曲がとんでもなく重い楽曲だってのは痛感させられていたが……やっぱりLiveで直に彼女の絶唱を浴びせられると、そのとんでもなさは飛躍的に上昇していた。聴いた瞬間、身の毛のよだつ様な寒々しい感覚に陥った。会場の空調を効かせ過ぎていたんじゃない。自分の全身や五感で彼女の絶唱を浴びたからなんだって。


 青山さんの絶唱に固唾を飲んで沁み入る様に聴き惚れるしか出来なくなっていた。実際に『わたしの樹』聴いたらスゲェんだろうなって漠然と思っておったらコレですよ……『顔』で謳えるのが、青山吉能の真骨頂であると改めて思い知らされた。何のケチの付けようもない完敗だ。


 『解放区』は昼夜共に披露されたんですが、圧巻だったのはアンコールで披露した方。
もう完全にリミッターを外し、タイトル通りにあらゆる感情を爆ぜさせて響かせた奔放かつ暴力的な絶唱が本当に凄まじかった。音の波が打撃となって身体を打って来るみたいな。

本当のラストに『アンセム』である『解放区』をチョイスしたのは、この楽曲が自分から自分へと向けた応援歌であり、彼女から受け取り側への応援歌という面もあるからだろう。そして、今の情勢(コロナ過)に抗う為の応援歌でもあったのだと。それを踏まえて詞を読み進めていくと、重なり合う部分が多く、一節一節がグサグサと突き刺さって、偽りの無い本気の想いと魂が、我々の魂に火を点けて燃え滾らせる。


 (もしかしたら記憶違いかもしれないが……)歌っている時、彼女が人差し指を天に掲げる所作があった。あの瞬間、青山さんには限界の向こう側の領域が見えて指差したのかもしれない。


 そして……忘れてならないのは、デビュー楽曲『Page』


 言わずもがな、音源のみで聴いても存分に強い楽曲だと唸らされた。
故に、Liveで直に聴いたらその強さは増幅されるだろうと確信を抱いてこのLiveへ臨んだワケである。


だが、そんな予想を彼女は軽々と超えた絶唱を響かせる。


青山さん自身が詞を綴ったこの楽曲。夜明けを想起させる様な、爽快かつ晴れやかな曲調にポジティブさやネガティブな感情を包み隠す事無く在りのままの生き様を謳う。極めて、青山吉能らしいメッセージが存分に詰め込まれている。

自分の鈍感さに辟易してしまうが……『Page』という楽曲は、『わたしの樹』と『解放区』に連なる系譜の楽曲だったと気付かされたのだ。

三つの楽曲に共通しているのは、ポジティブな感情もネガティブな感情も一切ぼかす事のない世界観で作られている事。そして、最終的には扉を叩いて開き、未知の領域へと踏みだす覚悟を謳う。

彼女がこれまで駆けて来た軌跡は順風満帆じゃなかった。荒れ放題の獣道をかき分けて、時には回り道しながら止まらず進んで来た。そう、動かなければ何も変わらないという事を、青山さんは痛感して闘い続け『負けない』『諦めない』と謳う。無限に広がる未来の可能性を信じているから。


 
 真っ白なPage 今日を忘れず進め 

 未完成のままでいい 愛おしい日々を行け(往け)


 ―青山吉能 『Page』より引用

 

 ラストフレーズであるここの節を聴いた時、魂が戦いで身体の内から熱が滾って来るのが分かった。いままさに、青山吉能から『何か』を貰っている事を実感させられたんだ。

その『何か』の明確な正体は分からないし、受け取った人それぞれに違ったモノなのだろう。
『力』かもしれないし、『勇気』だったり『希望』かもしれない。はたまた『未来』かもしれない。

繰り返しになるが、本当に『何か』は分からない。だが、とんでもなく大きな『何か』だったのは確かなモノだった。


 何かと俯き諦めそうになってしまう今の時勢。あの刻での『Page』は強く響き、新たな強さを得る。
『わたしの樹』と『解放区』との結びつきによってそれが実現した。Liveのセットリストは系譜の繋がりが肝要なのだと思い知らされる。

前述で触れたが、青山さんの軌跡は順風満帆じゃなく多くの困難や高い壁があったのは想像に難くない。それでも、彼女は前だけを見据えて止まらずに駆けていた。躓いて倒れそうになっても前のめりで。

でも、全員が全員ポジティブに切り替えられて前に向けるとは限らない。まあそう謳ってるけど……ねぇ。てな具合に斜に構える人もいる。ネガティブの極致にある人達をも、根こそぎ応援して手を本気で差し伸べる。ネガティブ側の階層まで青山さんはわざわざ降りて来て強引に手を繋いで引っ張る。


 青山吉能は誰も見捨てない。全員まとめて鼓舞する。真っ白な『Page』に彼女が綴る物語には我々の存在も一緒に在るのだと。

 

 

 

 

 終わりに。

 

 終演して、エモーショナルなインプレッションを成す為の語彙力が脳ミソから行方不明になるのは恒例行事ではあるのだが……このBirthday Liveにおいてはいつもと違う感覚に陥ってた。

歌を聴くLiveではあった。でも、人間・青山吉能の生き様を感じるLiveだったからだろうと、あの刻から時間が経って、今こうしてBlogに書き殴っているうちにそういうインプレッションとして湧き上がって来た。

彼女のトークスキルや、血の流れる魂の絶唱だけではこんな感情にはならない。そうなった要因はこの怪文書の冒頭にある通り、青山さんの誠実さと深愛の情によるモノだろう。そして、この生き様全部込めるのが青山吉能のLiveスタイル=表現のカタチなのかもしれない。

彼女からもらった『温かさ』。それを自分から他の人達へ…そう思ってこの参戦レポを書き殴らせてもらった。雑で拙い怪文書でありましたが、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。


 忘れられないLiveがまた増えました。そして未来の刻。どこか大きなステージのド真ん中で血の流れる青山吉能絶唱に魂を震わせ鳥肌が治まらない刻が来る事を願ってやまない。

 


 
 

 

アイプラ楽曲ライナーノーツ #1 Shine Purity〜輝きの純度〜

 どうも。あかとんぼ弐号です。


 唐突な思い付きではありますが…(このBlogでは通常運転www)『IDOLY PRIDE』に登場する楽曲の私的ライナーノーツシリーズを勝手に始めたいと思う。

要は、楽曲聴いた時の自分のインプレッションや所感、作中においての関わりとかを独断と偏見にて勝手気ままに書き殴っていくモノになる。ちなみに……コード進行云々などの専門的知識が著者に一切無いので、その辺りの解説や所感を期待しても無駄なので悪しからず。


 最近『IDOLY PRIDE』を知って惹かれた人、興味を抱いているが踏み込もうと様子を伺っている人の何かに刺されば嬉しい限りですし、自分より深く入り込まれている人の新しいインプレッションを感じられる一つの切っ掛けになれたらこれまた嬉しく思います。


と、いう事で……記念すべき第1回目はこの楽曲について書かせてもらいます。

 

 

 

 

 

 Shine Purity~輝きの純度~/星見プロダクション

 

 

www.youtube.com

 

 作中におけるメインキャラクターである、星見プロダクション所属の10名のアイドルのメンバー、長瀬琴乃役の橘 美來、川咲さくら役の菅野真衣、一ノ瀬 怜役の結城萌子、伊吹 渚役の夏目ここな、佐伯遙子役の佐々木奈緒、白石沙季役の宮沢小春、白石千紗役の高尾奏音、成宮すず役の相川奏多、早坂芽衣役の日向もか、兵藤 雫役の首藤志奈がこの楽曲を歌う。 

YouTubeの公式チャンネルにアップされている、第一弾のプロモーションムービーのBGMとして流れていたり、同じく、公式チャンネルの動画内にて楽曲制作を手掛けたWicky.Recordingsの利根川貴之氏と坂和也氏による話と照らし合わせると、この楽曲は10人にとって原初の楽曲という認識で間違いないと思われる。

アニメ版では、まだ持ち曲の無い星見プロのアイドル達のレッスンにおける課題曲として登場しただけに留まった。そして、描写がないので推測の域だが……6話のデビューライブで、もしかすると10人で歌ったかもしれない。

 


 マイナー進行が醸し出すシリアスで切なく儚げな曲調が印象深い。しかしその内面に秘めている疾走感と力強い熱も同時に感じられる。明朗で可愛らしさを主とするアイドルアニメの王道的な楽曲とは真逆なスタンスの楽曲と言える。捉え様によっては単に『暗い』楽曲で片付けられるだろうが、この『暗さ』から来る生々しさに『IDOLY PRIDE』という作品で伝えたい本質がある様に思えて来る。

夢を叶えたい者、認められたい者、自らの直感を信じて踏み出した者、自分の殻を破りたい者、好きな気持ちが抑えきれない者、ラストチャンスだと腹を括った者……星見プロの10人だけではなく、作中に登場するアイドル達が懸ける叩き上げの魂を10人は謳に乗せて代弁している『闘いの謳』。


 歌う10人はそれぞれ持ち味が違うし、経験や個性も当然ながらバラバラ。でも、その雑多で不揃いな個の輝きがこの楽曲に血を流す。それは『Shine Purity~輝きの純度~』という楽曲が『アンセムへと昇華していく『要』となるモノ。垢抜けてない初々しい歌声ではあるが、聴けば聴くほどに奮い立たされ、こちらの血が滾る衝動に駆られていく楽曲。

それは、作品が提唱するテーマとされる『WHAT IS “IDOL”』(アイドルとは)の答えにも繋がっている様にも思えて、『IDOLY PRIDE』全体におけるテーマソングという捉え方も成り立つ。

 

 この楽曲を通らずして『IDOLY PRIDE』は語れないと言っても過言ではない。
この作品で描きたかったアイドルの姿がここにあって、切々と訴え掛けて来ている。

 

 

 

 

 

 

競演の名を借りた姉妹喧嘩。

 『競演』という言葉がある。

 


『競』は力量を比べ合う、他人に勝つ為に争うなどを意味しており、この場合の『演』は、演技や演奏を意味している。映画や演劇の芝居、あるいはコンサートなどでの楽器演奏や歌唱の技量、魅力といったものを競い合う事を示す。つまりは、『演技や演奏の優劣を競う事』という意味になる。


 現在配信されているアプリゲーム『IDOLY PRIDE』において、4/28から新イベント『心紡ぎ合う輝きの競演』が開催。このイベントは、本編(アニメの続編となる東京編)と時間軸を同じくしている、所謂期間限定のサイドシナリオ的な位置に当たるモノの一つ。


イベントのタイトルに『競演』とある様に、このシナリオの主人公は二人いる。


その人物は、白石沙季と白石千紗の二人。彼女達は今もそれぞれ別々のグループで活動しているが、いきなり開催が決まった二人組限定のライブバトル大会に、沙季と千紗は姉妹ユニットを組んで出場する運びに。シナリオでは、沙季と千紗の苦悩と葛藤や共に抱いている変わりたい想いと一歩踏み込む勇気。そして、試練を共に乗り越えた姉妹の絆で優勝を目指す……という展開。

特に、姉妹の絆というのは、自分が勝手に抱く『IDOLY PRIDE』における『要』の一つだと思う部分。
それをちゃんと見事な塩梅で描いていた所に感動させられたのである。本作のイベントシナリオはどれも傑作揃いのモノだけれど、このシナリオは本当に良くておっさんの涙腺が破壊されかけたのよ。

 

 で……『心紡ぎ合う輝きの競演』にて、いくつかおっさんの魂に感動という楔を撃ち込んだポイントについて語っていこうと思う。

 

 

 ここから先はイベントシナリオのネタバレが含まれております。ご注意下さい。

 

 

 

 

 

 周囲に触発されて刺激された姉妹の決起。しかし……


 細かい事は省かせてもらうが、東京編はTV版のストーリーの続編になる。東京に拠点を移した星見プロのアイドル達は、グループでの活動もさることながら個人の仕事も増えて来た。

勿論、沙季や千紗もその流れにちゃんと乗れているのだが、急成長を見せる他のメンバー達と自分達を比較し焦りを抱いて、苦悩の種になっている。


 そんな時、二人組ユニット限定によるライブバトルの大会が開催される報が告げられた。
牧野の話の最中に沙季と千紗の表情のアップが差し込まれるんだけど、二人の何かを決意した様な目つきと表情をしている描写になっているのがいい。そして、二人は共に結成と出場を志願する流れも激熱なモノ。


星見プロの面々は誰もが思っただろう。このユニットは強いユニットだと。


 まあ、わざわざシナリオ書いてイベントにまでしている事から、そんな上手くいくワケはない。
きっちりと沙季と千紗が苦悩して抗う過程が、ここから描かれるという期待感で始まるのもまた素晴らしいモノである。

 

 

 

 

 想いが深すぎるが故のすれ違い


 レッスンの際、彼女達はどちらかを引き立てようとして互いに目立たない方へと引いてしまう。最初は互いのグループでのレッスンとの差異と感覚のズレの所為だと思っていたし、姉妹だから息は合わせやすいと思い込んでいたというズレもある。

この刻において、些細だと思い込んでしまった感覚のズレが彼女達を苦悩させて焦らせていく。なおかつ、二人が率先して引っ張るタイプじゃない事もあるのだろう。


 姉妹という強固な縁と絆で結ばれている沙季と千紗。作中でも姉妹の仲というのは本当に良好なモノとして描かれている。だが、その想いと絆は時として姉妹達の『鎖』となって縛り付ける。

沙季も千紗も、自分が輝くよりは相手に輝いてもらいたいという意識が強過ぎて譲ってしまう。

どっちも思っているのだ。このままじゃ勝てないと。勝つ為には自分を徹底的に抑え込んで相手をもっと輝かせなきゃって。『我』を抑え込むというのは、沙季のパーソナリティの一つでもある。

彼女の決意は、沙季がどんどん良くない深みに嵌って沈んでいってる印象を感じた。

 

 

 

 


 綻びを繋ぐ『鎹』からもらう勇気


 このシナリオにおいて、白石姉妹に次ぐ最重要人物だと自分が思う伊吹渚の果たした役割に触れなければならない。渚が話に絡むことにより、このストーリーは新たな展開を迎える。『鎹』(かすがい)というのは自分が渚を称した言葉。

 渚は、千紗の様子がおかしい(元気がない)事に気付いて話を聞く流れに。千紗の悩みを聞き彼女は二人の異変には既に気づいていたが。そして、渚は琴乃が東京に来た頃に麻奈の話をしていた事を千紗に話す。

麻奈がアイドルになった事で、琴乃は麻奈と関わる機会が少なくなり拗ねて関係が拗れた。その愚痴を当時渚に洩らしていた事も。だが、麻奈が亡くなって文句の一つも喧嘩もする事が今となっては出来ない事を琴乃は悔やんでもいたと。身近な存在だからこそ言いたい事はどんどん後回しになってしまうモノ。言わなければ、踏み込まなければ触れる事は叶わない。突然言えなくなるかもしれないのに……そんな琴乃は、自分と同じく姉(沙季)がいる千紗を羨しく思っていたと。

 

 

 成長した自分をお姉ちゃんに見せる事も 

 成長したお姉ちゃんを見る事が出来るからって。

 結局は……後悔のないようにするのが一番なんじゃないかな。

 

 

 
 切れそうになった絆は再生されてまた繋がった。あとは……千紗が勇気を出して一歩踏み出す事。
しかし、その一歩が中々踏み出せない千紗。沙季も更に悪い方向へ沈んでいくのを止められない状態。そんな中、沙季は自分が徹底的に引き千紗がもっと目立つべきだという最悪の答えを導き出してしまう。徹底して我を殺して、自分を引き立たせようとする沙季の言は完全に間違ったモノだし、千紗だって受け入れられるワケがない。

 


 

 

 私だって……いつまでもお姉ちゃんに支えられなくても 

 一人でも大丈夫だから 私にも、お姉ちゃんを支えさせて?


 こ、このままお姉ちゃんが譲っちゃうなら……

 私が、ほんとに前に出ちゃうんだから!

 私ばっかり目立っちゃうよ! それでもいいの?

 

 

 肚括って、千紗は一歩踏み出せた。おそらくこの姉妹は喧嘩らしい喧嘩をこれまでしてこなかったのだろう。共に悩んでいた様に彼女達は他者の心情に寄り添えて慮れる性格だから喧嘩にはならなかったのかもしれない。 

でも、後悔したくないからという想いが勝り、一歩前に踏み出す勇気が湧いた。
姉妹喧嘩という名の『競演』の火ぶたを切った千紗はもう退く気は一切ない覚悟を示した。それに沙季はどう答えを示すのか……クライマックスに向けての火付けが見事な脚本の妙を感じさせられた。

 

 

 

 

 

 真の魂の開放~本当になりたい姿へ……

 

 前述でも触れたが、我を殺すのは沙季のパーソナリティの一つであり『きちんとした姉』としてのアイデンティティでもある。千紗が言うように沙季は自分の我を殺してこれまで生きて来た。ずっと近くで見ていたからこそ千紗に見透かされていた。

生真面目で優等生な沙季。でも、そんな彼女が『我』を解放して我儘を通した事があった。
そう、幼い頃より憧れを抱いたアイドルへの軌跡へ踏み出した事だ。両親を何度も説得してまでも。千紗が本気の覚悟で沙季の魂とぶつかり合おうと踏みこむ。そんな千紗の想いと魂にぶつかって、沙季は置き去りにしてしまった本当の気持ちを取り戻す。

 

 
 我の開放……即ち、白石沙季の変わろうとする想いを余すところなく曝け出した。
沙季の我を解き放って思いの丈をぶちまける模様が『心紡ぎ合う輝きの競演』というシナリオの『要』であると自分は思えるのである。それは、沙季の魂が再生された事でもあったのだと。

互いに言いたい本音を曝け出して、ちゃんと喧嘩出来た事。それが白石姉妹の絆を深く固いモノへと昇華させるのに必要な『儀式』の様に思えてならなかった。


 どちらがより輝けるかを競うパフォーマンスであり、自分の魂とも競う。そして、姉妹喧嘩としての競い。このシナリオでの白石姉妹は共に協力する意味ではなく、それぞれの『我』を競い合う闘いだった。だからこそ争う意味を持つ『競演』の字が相応しいと驚嘆して膝を叩いたのだ。

 

 

 

 

 

RGR楽曲ライナーノーツ#22 拝啓ディアナイト(厚木那奈美ソロ楽曲)

 どうも。RGR楽曲ライナーノーツシリーズのお時間です。

 


今回で、Run Girls, Run!のミニアルバム『Get Set, Go!』に収録されている楽曲所感はラスト。
そのラスト・ナンバーを飾るのは、厚木那奈美さんのソロ楽曲。

 

この楽曲に詰め込んだ想いを、厚木さんはこう答えていた。

 

 

 会えない期間が続いた時に、すごく皆さんから頂いたお手紙で

 元気を出して頑張ってこれたので

 曲を通してみんなにお手紙の返事を書けたらいいなって。

 みんなからたくさんの愛を頂いているので

 私もみんなにこの曲を通してBIGなLOVEをお返ししたい。

 

 

 BIG LOVE。直訳してしまうと大きな愛。ただ、厚木さんはその言葉に込めた想いは測れないモノなのだろう。親(深)愛の情でもあり、広義的な博愛の情でもある。

シンプルなテーマであるが、それ故に奥深く難解。今回のソロ楽曲も、厚木那奈美のクレバーで強かなもう一つの『貌』が独特の不可思議な深みを感じさせる楽曲になったと勝手に膝叩いて感嘆してしまったのである。


まあ、どこまで言語化出来るか分からないが……彼女の開いた『扉』の向こう側に拓けた未知の領域へ踏み込んでみようと思います。

 

 
 

 

 

 拝啓ディアナイト / 厚木那奈美

 

youtu.be


 
 EDM調のミドルテンポが沁み渡る、上質なヒーリング効果で聴き心地の良い“癒しの謳”というのが、フルで聴いた直後に抱いたファーストインプレッション。

その聴き心地の良さを醸し出しているのは言うまでもなく、厚木さんの柔和な歌声によるモノなのは勿論だが、メロディの根幹を成しているEDM調と彼女の歌声との相性が抜群に良いからというのもある。それと、厚木さんのパーソナリティの一つでもある掴み所のない不可思議さをなぞっている様な浮遊感のあるメロディも影響している様に感じられる『静』に振り切った楽曲。


 その『静』という要素は、厚木さんが今回のソロ楽曲に掲げたテーマでもある、夜寝る前でリラックスしている時に聴いてもらいたいという事と、彼女がファンに想いを馳せて貰った手紙の返事を考えている安穏とした刻の流れを盛り込んでいるからで、厚木さんの感覚や視点と多分に重なっている部分でもある様に思う。



 あのね。

 ホントはちゃんと贈ってみたい ワードばっかりだけど

 言えない

 かわりに届ける ごきげんよう

 聞こえているといいな キミに綴ろう


 ―厚木那奈美 『拝啓ディアナイト』より引用

 

 

 厚木さんが貰ったメッセージは、多種多様な想いに溢れたモノばかり。でも、その全てに対して想いを込めつつ真摯な返答を贈るのは非常に大変なモノ。失礼なのは承知で言ってしまうが……厚木さんはそんなに器用な人じゃないと思っている。『言えない』は彼女の限界を痛感しているのかもしれない。

だからこそ、歌が持つチカラで多くの深愛の情に厚木さんも深愛の情でもって応える。彼女が言う『BIG LOVE』には歌のチカラも含まれているのだろう。そして、『ごきげんよう』というワードは厚木さんが挨拶の時に言う口上で、彼女の存在そのものを指すワードでもあって、偽らない自分らしさというパーソナリティを魅せる事。それも多くの人からの深愛に応える為のモノ。

本気の想いを伝える為の方法は必ずしも一つに限定されるモノではない事を、彼女は意志表示として謳に込めているのだと感じさせられた。


 そして、この楽曲は厚木さんの内面を描写している楽曲だと感じられた。
それをダイレクトに感じるのが歌詞カードで括弧になっている箇所の語りかける様に歌う所。

この箇所は、厚木さんが抱いているであろう未来の刻への不安と葛藤を歌に乗せている。楽曲のテーマの一つとして夜のリラックスしている刻を盛り込んであり、そこで彼女自身との対話をしている様に考えを巡らす。括弧内のワードと括弧外の『大丈夫』や『私らしさ』とで双方の対話として成立させている描写は面白いモノで、単に癒しの謳では収まらない奥深さも感じられる。

この対話もまた、厚木さん自身がこれまでに経験して来て、なおかつ今も継続されている習慣なのかもしれない。前しか見据えず駆けていく為必要不可欠な彼女自身に宛てた手紙でもあると。曲題に冠している『ディア』(Dear)=親愛は、ファンの皆という意味でもあるがもう一人の彼女への意味も含まれているのだろう。

 

 

 いつもありがとう

 どんな距離あいても 信じられる人がいるよ

 このまま未来へ走るのを 見守っていてくれる?


 ―厚木那奈美 『拝啓ディアナイト』より引用


 
 多くの人への深愛の謳でもありながら、究極的には彼女自身に向けての深愛の謳でもあった。
だからこそ曲題にDear(ディア)=親愛という意味のワードを入れたのだと自分は解釈している。厚木さんに情熱を持って接する人達がいてその想いを様々なカタチで彼女は受けとめる。直に逢えない刻があったからこそその大切さと尊さを彼女は知り、今の刻においてこの楽曲を謳えるのだと。


 直情的な『動』の要素で聴き惚れさせる森嶋さんと林さんの新たなソロ楽曲とは違ったアプローチにて、じっくり沁み入る様に聴き惚れさせた『静』の要素で厚木さんは答えを示した。


 厚木那奈美『深』なる愛、『親』しみの愛、『真』の愛。
対象や種類という狭い枠で括らずに、限り無く包み込もうとするが故の『BIG LOVE』だと思えてならないのである。

 

 

 

 

 

 

RGR楽曲ライナーノーツ#21 点とミライ(林鼓子ソロ楽曲)

 どうも。RGR楽曲ライナーノーツシリーズのお時間です。



 今回触れる楽曲は、このミニアルバム『Get Set, Go!』の中で一番自分のストライクゾーンに見事に決まった楽曲でもあり、RGR楽曲全体として捉えていっても上位に来る程に好きな楽曲。

フルを初聴したファーストインプレッションは、イントロからアウトロまでゾクゾクってした感覚に陥って鳥肌が治まらなかった。ありのままで言ってしまえば、気が昂って血が滾った意味での感情になる。


 “彼女”は生き様とPRIDEを懸けてこの楽曲に血を流した。だからこそ、リスナーの魂に楔を撃ち込めたと自分は勝手に感じてしまったのだ……

 

 

 

 

 点とミライ/林 鼓子



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 前作のソロ楽曲『りんごの木』の続編となるロックテイストの楽曲。


林さんは、憧れに手を伸ばしている最中を描いた前作の『りんごの木』から、一歩進んだ先に見える世界を描いて欲しいというリクエストをされたと云う。ラップパートと台詞パートは一歩進んだチャレンジとなり、見事なアクセントになっている。

全体のメロディに真新しさや変態的な進行はなく、ベーシックで王道的な構成になっているのは、彼女のクソ生真面目な人柄がそのまま曲調に反映されている印象。そこに加えてロックサウンド特有の無骨な荒々しさもある。この辺は、林さんが楽曲の魅力として挙げる『オラオラなはやまる』を象徴しているモノだろう。

ロック(ハードorパンク)は私が好きなジャンルだと彼女は言及されている。RGRの中では明瞭かつ力強くて太い歌声の質を持つ彼女にロックテイストは本当によく合うのだ。

 


 冒頭のしょうもない四方山話の中で、生き様とPRIDEを懸けてこの楽曲に彼女は血を流したと言った。その要因になっているのが彼女が現状で抱く『飢え』『怒り』だと考える。それは彼女が軌跡を駆ける燃料にもなっている。

ここで言う飢えは、もっと多くの人に見つけてもらいたい、認めて欲しいという承認欲求を満たしたいというモノや、現状に一切満足はしないで貪欲に先を見据えている事だろうし、怒りは理不尽な事に対しての反抗だったり攻撃的な激情そのものを指す。以下の節は彼女の激情を表している様に思える。



 ぼんやり見てた アコガレてた 

 渦中にいるんだどんな日も

 だから向かうよ 自分が思う最前線へ

 今を道にするため

 (もっと高みへ)


 ―林 鼓子 『点とミライへ』より引用



 『りんごの木』の系譜に連なるだけあり、この楽曲もエネルギッシュで獰猛さがダダ洩れしている攻撃的な楽曲。しかも、獰猛さについては制御不能なレベルの域まで振り切っている。当然ながら、林さんの絶唱も楽曲が持つ力の強さに負けない強さが伝わって来る『闘いの謳』なのだと。

走り始めたのなら立ち止まらない事。転んで傷を負ってもしても前のめりですぐに立ち上がる。
『折れない』『負けない』『立ち向かってたい』とは彼女のFighting style。どんなに傷を負いながら、それでも私は強くなりたいとその傷が吠えているみたいな。台詞になっている『もっと高みへ』は彼女の生きようとする、荒々しい叩き上げの魂から来る執念の叫びなのだと。


 森嶋さんのソロ楽曲の項で書くのをすっ飛ばしてしまったが……今回のソロ楽曲もメンバーのパーソナリティを想起させるワードが詞に散りばめてある。『感情にダッシュ!』においては森嶋さんの愛称である『もっちー』がそのまま詞に使われている。

『点とミライ』では『ここにいる』という詞があって、彼女の名である鼓子の読みそのものが使われている。曲題の『点』は彼女がこれまで駆けて来た軌跡だったり、今駆けている現在進行形の軌跡。即ち、林鼓子の存在そのものを指すのだろう。

この楽曲は、彼女がこれまでに経験した様々な経験があって、そういったバラバラに散りばめられた『点』が繋がって道となって未来の刻に繋がる事を謳う楽曲でもある。



 行け!葛藤も運命も いっそ軽々と超えて

 “ここにいる”を何度だって過去形にしよう

 そう 一瞬をつないだ世界の果て 飛び込ませてよ

 My promised new world

 途方もない願い事 叶えてみたい


  ―林 鼓子 『点とミライへ』より引用



 サビで歌われるこの箇所が、彼女の変わりたい想いや覚悟の精髄となるモノと考えられる。つまりは、彼女が今の刻で真に伝えたい本気の想いと魂でもある。『“ここにいる”を何度だって過去形にしよう』は『今を道にする』へのアンサー。

憧れを抱いた道に進む事は叶ったけれども、順風満帆に駆けて来られたワケじゃなかった。むしろ、悔しさだったり自分の力だけじゃどうにもならない理不尽にも見舞われた事の方が多かっただろう。今の刻で彼女だけじゃなくリスナーの我々も確実にやれる事は『点』を出来るだけ多く撃ち込んでいくしかない。点が多ければ多い程、ミライへの希望が増えて道になる可能性が拓ける。

『自分ひとりで進んでいるのではなく、今度は私が先頭に立ってみんなを引っ張っていくような曲にしたい』と彼女は想いと魂を込めた。作詞された真崎エリカ氏は林さんの想いを汲み取ってメッセージ(歌詞)にして返した。

激熱でドラマチックな、滾って溢れ出して来る激情を制御しきれない。本能を解き放った彼女の一点の曇りの無い血が流れる魂の絶唱が点と点を結んで道になる。

 


 この楽曲は、林さんの歌声在りきで魂に響いてくる。どんなに凄い絶唱で謳っても、豊富な経験があっても林鼓子以外には謳えない。彼女のPRIDEが『アンセムへと昇華させたのだ。

 

 

 

 

RGR楽曲ライナーノーツ#20 感情にダッシュ!(森嶋優花ソロ楽曲)

 どうも。RGR楽曲ライナーノーツシリーズのお時間です。

 


 Run Girls, Run! ミニアルバム『Get set, Go !』に収録された楽曲所感も後半戦に突入。
このミニアルバムの二大ポイントとして(勝手に…)挙げられるセールスポイントは、グループとしての新曲は勿論、各メンバーの第二段となるソロ楽曲も注目されるポイントである。

で、今回から、各メンバーの新たなソロ楽曲についての所感を書き殴っていきたいと思います。

 

 


 

 感情にダッシュ!/森嶋優花

 

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 RGRのリーダーにして、強襲及び突撃隊長(強襲~のくだりは著者の勝手なイメージ)である森嶋優花のソロ楽曲。楽曲制作に関して、彼女はこんなリクエストをされたと云う。即ち、私はこういう楽曲が歌いたい!!!という欲求でもあった。

 

 

 とにかく元気な楽曲が歌いたくて

 スピーディーなジェットコースターみたいな曲が欲しいという要望を出しました。

 

 

 森嶋さんが掲げ、歌で表現したい世界は至ってシンプルだった。それは、彼女のロジックから導き出せれた唯一無二なモノ。

おそらく、このミニアルバムに収録されている楽曲中最大の文字数で書き下ろされた歌詞。しかし曲の長さは一番短い時間になっている。ワードの密度の濃さと全体の時間との反比例は、彼女がオーダーしたハイスピードなジェットコースターソングとしては最高なモノだろう。森嶋さんも楽曲の仕上がりについて『私にピッタリ。思い通り以上の楽曲でテンションが上がった』と高評価されている。

感情を放出して楽しんで歌っている姿を観て楽しんで欲しいという想いと、Liveを想像しつつ、みんなを引っ張っていく様な歌い方にしているという点を考えると……私見だが、森嶋さんの表現の理想とされる『想いの相互循環』を大切にされているという彼女の変わらない想いもありながら、前述のファンを引っ張っていくという変わろうとする想いと覚悟を示す楽曲なのだと感じられる。


 森嶋優花のパーソナリティで最も強烈なインプレッションを抱くのは、いい意味での『賑やかさ』だと自分は思う。楽曲のテンポの速さと詰め込みまくっている詞で構成されたのはそれを証明している。

今の刻で、彼女が感じていた事、やりたい事の全てを熟考されて詰め込んだ。前作『Darling Darling』の系譜を受け継いでもいるキュート&スイートに全振りした要素もあり、歌詞も捻りを加えるのでなくシンプルで所々に言葉遊びがあってそれも楽曲の雰囲気を損なわず聴き惚れさせる。この部分も彼女はかなり拘っていたのだろう。

更には……楽曲のパート構成として、Aメロ…Bメロ、サビ…etcとあるが、『感情にダッシュ!』においてその区分けは意味を成さないモノだと言っても過言ではないと勝手に感じている。この楽曲、もう、始まりから終わるまでハイスパートでテンポがほとんど落ちずに進行する騒がしく忙しい楽曲。どの部分を切り取っても全体のバランスは崩れないし雰囲気も掴みやすい。
 
ここまで細部にまで拘り……と言うかは、森嶋優花の表現におけるロジックの奥深さにただ感服させられるしかない楽曲。

 


 きっともっと 感動へダッシュ


 ―森嶋優花 『感情にダッシュ!』より引用



 このラストフレーズに、森嶋さんの本気の想いと魂が詰めこまれている。
RGRの4th Anniversary LIVE にて、彼女が我々に誓ってくれた『もっと大きな会場に皆を連れて行ってまだ見た事無い景色を一緒に見よう!』という言の葉。

その刻と場でしか体験と共有出来ない感情と感動は、計り知れない程素晴らしいモノだろう。彼女の原点でもある想いの相互循環の大切さに、みんなを引っ張っていくという新境地開拓という挑戦。

新しいソロ楽曲を作るのなら、もう徹底的に振り切った楽曲に仕上げたいという彼女の本気のオーダーにクリエーター陣が見事応えたら、ピーキーなじゃじゃ馬楽曲が誕生した。でも、それは決して彼女の独り善がりの自己満足で完結していない。みんな(メンバーやファン)が一緒にいなければ意味を成さない。だから、この楽曲は振り切ったとしても一切嫌味がないのだ。

 


 このソロ楽曲はまごう事無く、森嶋優花にしか謳えない“森嶋優花だけのOne off“ソング。
これからの刻で彼女が歌い続けていって、森嶋優花の『アイコン(象徴)ソング』として昇華する刻を楽しみにしたい。

 

 

 

 

 

RGR楽曲ライナーノーツ#19 Believer Switch

 どうも。RGR楽曲ライナーノーツシリーズのお時間です。

 


このミニアルバム『Get Set, Go!』において、RGRが掲げたコンセプトは『原点回帰』と『新境地開拓』。

今回触れるこの楽曲について聴いた直後に抱いたファーストインプレッションは、『原点回帰』の意味合いがとても濃く反映されていると感じられた。

『原点』という言葉は元々の出発点という意味があり、『回帰』という言葉には一周して元の位置に戻るという意味。ただ単純にスタート地点に戻るという事では無く、様々な経験を経て原点に立ち返って、変わらない想いを大切にしたいという事。彼女達もこの楽曲については、『Run Girls, Run!』らしさに満ち溢れた楽曲だと評されている。


 即ち、この楽曲は……Run Girls, Run!楽曲における『アンセム』の系譜を正統に受け継ぐ楽曲。


アルバムのリードトラックである『RADIANT』の記事において、RGR楽曲の新しい『アンセムと評したが、今回触れる楽曲とはまた違う位置にあるモノで、前述にもある正統に受け継ぐというのがある楽曲を紐解くポイントになる。そして、魂が還れる楽曲でもある。


 相変わらずの完全な個人の拗らせた考察と言う名目な妄想全開の怪文書に過ぎませんが……お付き合いしていただけると幸いであります。

 

 

 

 

 

 Believer Switch

 

 

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 曲題になっている『Believer Switch』。コレは様々な意味が込められているだろう。
信じる者の転換点もしくは、信じる者が決起や再起する為の火起こしのスイッチを点ける意味という解釈。歌詞にある『信じた日から』というフレーズは、信じる者=彼女達にとっての転換点であり、火入れのスイッチ。それは、前述にもあった様に彼女達の生き様でもありこの楽曲に込めた三人の本気のメッセージだと思える前向いて闘う為の謳。

 

 原初の楽曲『カケル×カケル』から、『ランガリング・シンガソング』→『無限大ランナー』へと受け継がれて来た疾走感溢れるガールズロックテイストな応援ソング。この応援ソングという点は、冒頭の四方山話で触れた様にRGR楽曲における『アンセム』の系譜を成立させる譲れない部分を色濃く受け継がれた楽曲だと感じさせられた。

そして、RGR『アンセム』の系譜は彼女達のリアルな心情、生き様を歌に乗せる要素が他のRGR楽曲と比較して強いし濃いモノとなっている。三人もこの楽曲を、RGRっぽさを最も強く表現していて、みんな(ファン=ランナー)が絶対好きな楽曲だと異口同音に語っている。だからこそ彼女達が謳に込める生きた感情は力がある。


 それと、みんな(ファン)を三人が引っ張っていくという強さと感謝の念も込められている。それは彼女達の成長の証でもある。歌詞に散りばめられている『キミ』が指している存在はファンという解釈で間違いは無いだろう。アンセムであり、闘いの謳でもあり、感謝の歌でもある。

『Believer Switch』のもう一つ意味している所は、彼女達が信じている者でもあるファンのみんなのスイッチを入れて共に駆けようという想いがあるのかもしれない。Cメロのパートは彼女達が互いの想いに応えているし、ファンに向けてのメッセージでもある。



 Ah 手をつなごうよ 顔寄せ合ってさ Let's be one!

 Ah 寂しがりやも 逃げ出しちゃうくらい

 Let's be one! 隣に…


 ―Run Girls, Run!『Believer Switch』より引用



 限られた機でしか逢えなかった刻があった。だから、逢える機が本当に貴重で尊いモノだと知った。
それは彼女達もそうだろうし我々も同じ想いを抱いている。『災厄と逆境』に抗う戦友という括りに彼女達はファンの事を見てくれていると……手前勝手に思ってしまう。

今の情勢では不可能だが、いつの日か何の縛りの無いLive観戦が出来る未来の刻において、このパートで歌詞に在る様に、隣の席の人と互いに手を繋いだり、肩組んでシンガロング出来たなら素晴らしい事の様に思えてしまう。


そんな未来の刻がきっと来るから!!!という意味も含んだ『闘いの謳』=『アンセムでもあるのだ。 



 曲の展開や進行だったり歌詞が紡ぐ世界観も、アンセムの系譜として確立されており、この一連の流れは完成の域に達していると言っても過言じゃなく清々しいインプレッションを抱く。それは安心感にも繋がっていて魂が還れる楽曲でもあると……誇張している感は否めないがそう感じさせるほどに完成度は本当に高いのだ。

気の早すぎる話なんだけども……今からこの楽曲がLiveのセットリストで、どの順番で歌われるのか?前後で披露される楽曲との関連性とか……血が流れて音源とはどの様に違って聴こえて新しいインプレッションを抱けるのか?本当に楽しみしか湧かない。