巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

アイプラ楽曲ライナーノーツ #35 もういいよ

 

※画像はイメージです

 

 もういいよ/川咲さくら


 1st EP『それを人は“青春”と呼んだ』に収録された川咲さくらのソロ楽曲。長瀬麻奈と、カバーした麻奈の楽曲を除いては、作中に登場する全アイドルで初となるソロ楽曲。

 楽曲タイトルを知った時、正直戸惑いを隠せなかった。天真爛漫で明朗なさくらのイメージと、この『もういいよ』という言葉がどうしても繋がりづらい。それは、『もういいよ』という言葉が妥協や諦めて匙投げるといったネガティブな意味としての認識が強いからだろう。更に、『ごめん』や『さよなら』といった陰の要素として捉えられる様な歌詞もその戸惑いに輪をかけていく。

 しかし、本楽曲の作詞・作曲を手掛けた、たむらぱんこと田村歩美氏は、この楽曲に陰の要素はないと断言されている。テーマに掲げているのは、さくらの内に秘められた葛藤や不安に打ち克って新たな門出へと踏み出すといったものだと。

つまりは、ポジティブな面のさくらとネガティブなさくらの面が対話している楽曲。もしくは、現在の刻を生きているさくらと過去の刻のさくらとの対話。全体的に語りかけている様な菅野さんの歌い方は、対話の楽曲である事を強調していくこの楽曲のキモになる要素だと思える。

 この楽曲、詞は勿論の事、メロディにも『静』と『動』のメリハリが効いた楽曲だと感じられた。
Aメロでは不安と葛藤を想起させる静かで物寂しい雰囲気な構成。そこからBメロの雰囲気は決意してそこから一歩踏み出した感じで徐々にサビへ向けての助走へと至っていく。菅野さんの歌声もメロディの盛り上がりと共に力強さを帯びて……サビで最高潮に至る。

迷いや不安を振り切った様な、溢れ出て来る激情を抑制し切れないまさに解き放たれた歌声…いや、血の流れる魂の絶唱と称してもいい。音域も、菅野さんの声が一番気持ち良く浸透して響く箇所だったり、目の覚める様な輝きを持った高音域をきっちり押さえていて、彼女の魅力を引き立たせている様に感じられる。

 前述でも触れた様に、この楽曲は、さくらの主人格(私)ともう一人(別人格)のさくら(あなた)が対話をしていく物語。その文脈を追っていくと、私(さくらの主人格)が話し手で、あなた(別人格)が聞き手といった感じで自分は捉えている。そのインプレッションへ至ったのは、彼女のバックグラウンドにある。

 さくらは心臓に病を抱えていて、それによってこれまでの当たり前が、当たり前ではなくなってしまった過去がある。どの程度の症状だったのか描写は一切無いので不明だが……おそらく、移植が必要なレベルだという事から重くて生死の狭間に立たされていたのだろう。その恐怖を紛わすかの様に、彼女はもう一人の自分と対話する様になっていき、さくらにとって当たり前になっていったのだろう。

彼女はこれまで何度も訪れた人生の岐路に立つ度、もう一人のさくらと対話を重ねていった。それはもう、川咲さくらが新たな門出に立ち一歩踏み出す為に必要な“儀式”と言っても過言ではない様に思えてならない。

 詞の文脈のみを捉えると、一方的に別れを切り出して置き去りにしていく様に思えるが、さくらの謳が入る事によってそれは間違いだと思い知らされる。何故なら、彼女は誰も置き去りにはしない…いや出来ない性分なのだ。さくらの身近にいる縁深い人達や応援してくれるファンもそうだし、彼女自身のネガティブな部分もその括りにちゃんと入っている。何なら、人だけじゃなく刻とかそういうモノも一緒だろう。

 過ぎ去った刻を懐かしみ、慈しんで想いを馳せる『餞』(はなむけ)の謳であり、未来の刻へ向かって行く為の覚悟と勇気を奮い立たせる『決起』の謳。

ラスサビの『ぐっばい』『もういいよ』と何か労う様に謳うさくらの歌声が何とも優し気で温かみを帯びているのは、この楽曲が対話にて全ての縁へ感謝を伝える為。過去の良い事も悪い事も、ちゃんと意味があり、全てが結びついて川咲さくらの『今』を成して輝いている。その変わらない想いがある限り、彼女は道を見失う事は無い。

 純粋に何の疑いも無く輝く未来の刻が来る事を信じている。それこそが川咲さくらのPRIDEであり、輝きの強さなのだと思えてならない。