巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

アイプラ楽曲ライナーノーツ #13 song for you

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song for you/長瀬麻奈(CV:神田沙也加)


 TVアニメ第9話エンディングテーマ。第12話(最終話)挿入歌。
9話のエンディングはサニーピースによるバージョン。12話では長瀬琴乃のソロバージョン。長瀬麻奈が謳う本来のバージョンは、IDOLY PRIDE Collection Album[奇跡]に収録されている。本稿では、琴乃・さくらが歌ったバージョンも語っていく。

自分が『IDOLY PRIDEを象徴する楽曲と言えば?』と訊かれた際真っ先に答える楽曲。この楽曲が自分にもたらした衝撃は絶大だったし、おそらくは、『IDOLY PRIDE』を知って、アニメを観た人は誰しもが自分と同様の衝撃的なインプレッションを抱いたと思う。

アイプラ楽曲では稀少な、ミディアムテンポのバラード調。ピアノとストリングスを軸として奏でるメロディが壮大さと重厚感を醸し出している。作曲を担当されたさかいゆう氏は、楽曲制作でイメージした事、こだわったポイントについてこう語っている。

 

 

 いただいた台本の印象を大事に、ファンタジーとリアリティ、生と死の境目をイメージしました。

 そんな境目を表現するために、メジャーコード、マイナーコードのようなわかりやすい響きではなく、どちらとも言えない空気感をどのように作ろうかと、悩んでいたときに、このイントロが降ってきました。(中略)

打ち込みやシンセなどの音を一切使わず、生楽器の抑揚だけでドラマティックな世界観を表現することができたと思います。

 

 

 

 聴いた際、特に印象深かったのが、メロディのそこかしこに心臓の鼓動(=生命の鼓動)を思わせる様なリズムを刻んでいる所。この鼓動を刻むリズムという部分が、さかい氏が言う生と死の境目の答えであり、更には『IDOLY PRIDE』の重要なテーマにも通じていると自分は捉えている。

命に換えても、マネージャを引き受けてくれた事を後悔させないと牧野に誓いを立てる麻奈。作中の描写では作詞を彼女が担当している。静かで切なさを感じられる旋律で始まって、徐々に盛り上がっていく様は、三者三様のPRIDEと決意を表す力強い旋律へ進行していく。勿論、詞の方も曲調とリンクしていく進行になっている。

サビ始まりの『song for you』が、徐々に盛り上がる部分の最高潮で、そこから歯車が噛み合って勢いを増して回り出す様に、旋律と歌声の力強さも増していく。2番サビが終わって、間奏へと進行して大サビで、感情を爆ぜさせる様に解き放つ歌声は絶唱の域へと昇華していく様は、ただ圧巻と言うしか出来ない説得力がある。

そして、長瀬麻奈(CV:神田沙也加)・長瀬琴乃(CV:橘美來)・川咲さくら(CV:菅野真衣)の歌声が、楽曲に血を流して命を吹き込む。この楽曲は、三人の歌声の質によって異なる解釈が可能なトリプルミーニングが成されている。歌う者によって、想いを届ける対象が変化していく要素は、この楽曲がより沁み込んでエモーショナルなインプレッションに繋がっていくポイント。


 曲題となっている『song for you』、訳すると『あなたに贈る謳』。または、『あなたの為に謳う謳』。さくら、琴乃、麻奈は、それぞれに抱く意味と想いを込めている。


 麻奈の心臓を移植されて生命を救われた事。そうして今、当たり前に日常を過ごせているという奇跡への感謝、全ての刻と巡り逢いの縁への感謝も込め、さくらは謳う。受け継いだ麻奈の歌声で謳うのはこの楽曲で最後にする決意と覚悟も込めて。牧野と芽衣を介して間接的にだが、麻奈と対話出来た事でさくらの心情が変化したからだと思える。

サニーピースverで響かせる菅野真衣の歌声は、他のサニーピースの楽曲とは明らかに違い、明朗な可愛らしさは鳴りを潜めている。麻奈の歌声から一人立ちして変わろうとする誓い……肚を括った。そう感じさせる歌声に聴こえて来る。さくらを除く四人がサビ以外では歌わない構成になっているのも、この楽曲を謳うさくらのアイドルの自我の覚醒と自立というテーマに則っているからだろう。


 『song for you』を麻奈の代わりとして謳う。それは、琴乃がアイドルの軌跡を駆ける為に燃やし続けていた燃料。つまりはアイデンティティと称しても良い。だが、その強過ぎる想いは麻奈の幻影という呪縛となって琴乃を縛ってしまった。

おそらくは、琴乃自身も薄々感じていたはずだ。麻奈への想いが深すぎて本来の想いを置き去りにして麻奈の幻影の先を見る事が出来なかった……いや、敢えて目を背けていたのだろう。
それは、一人のアイドル・長瀬琴乃がまだ何者でもない無価値という現実と向き合う恐怖もあった。

でも、弱さを認めて受け入れて、ただ直向きに努力して支えてくれる仲間の想いに応える事で、琴乃は答えに辿り着いた。麻奈の代わりではなく、琴乃にしかなれない本物のアイドルになる決意を。

琴乃の『song for you』。麻奈への感謝の為に謳うというのはさくらと同様なモノだが、琴乃の苦悩、悲哀、麻奈に酷い言葉を浴びせてしまった事への贖罪……そして、未来への希望と真のアイドルを目指すという誓いを込めて謳う。ステージで謳えばきっと麻奈に届くと信じて。

麻奈の代わりではなく長瀬琴乃として『素』で勝負する……荒削りだけれども真っ直ぐな橘美來の歌声からは剥き出しの本気の想いを感じるのである。そして、琴乃の想いともリンクしていって麻奈の声を聞くという奇跡へと昇華していく。


 長瀬麻奈も、琴乃やさくらと同じく数多の感謝を込めて詞を綴った。
琴乃への深愛の情、支えてくれる身近な周りの人との縁とファン。歌う事への感謝もある。故に、麻奈は1話にて『私は、いろいろ背負っている』と言った。一人のアイドルだが、一人のアイドルじゃない。それこそが長瀬麻奈が貫き通したPRIDEでもあった。

そして、麻奈が綴った想いは感謝だけじゃなかった。最も近くに寄り添って共にアイドルの軌跡を駆けてくれた牧野航平への感謝と恋慕の情も込められている。(と……言うよりも、彼への想いにウエイトを寄せている気はする。)最終話で牧野との別れのシーンを観た後で聴くと、牧野に贈るラブソングだったのだろうと思えるのだ。



 さくら(サニーピースver)や琴乃が謳うバージョンも、言わずもがな素晴らしいモノで本当に優劣の付け様が無い。その事実を踏まえてもなお、神田沙也加の謳う本来のバージョンの説得力はずば抜けている。麻奈がさくらに説いた『私の歌は私だけのモノだから!』と言い放つだけの事はあったのだ。

それは、経験や技術を凌駕した想いの力が歌声に乗って、楽曲の限界領域を超えたPRIDEの証だと思えてならない。

 


 この楽曲こそ、神曲揃いのアイプラ楽曲の中でも、至高と評するに相応しいのは過言ではない。