巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

新たな『Page』に綴った歌姫の温かさ~青山吉能 Birthday Live『鉄は熱いうちに打て』参戦レポ

 5月15日。横浜ランドマークホールにて開催された
青山吉能さんのBirthday Live『鉄は熱いうちに打て』に参戦して来た。

 

 

 自分は、青山さんが歌う姿を直に観るのは、三年前の『Wake Up, Girls!』FINAL LIVE以来だったりする。

ソロデビュー楽曲がリリースされ、このBirthday Live開催の報を知った自分は、チケット応募が解禁されると一切の迷い無く速攻で昼夜共に応募した。参戦理由を述べるのなら本当に単純な一点のみだ。


青山吉能の、偽り無い本能による…血の流れる魂の絶唱を浴びたいからだと。

 

 

 そのLiveの結論から言ってしまうが……

 

 『今』の刻をちゃんと闘っている青山吉能の『強さ』を感じられた。


でも、それ以上に、青山吉能の誠実さと優しさがもたらす温かみに溢れたLiveだった。

 

 

 激熱でエモーショナルなLiveだったってのは疑いようの無い事実としてある。だが、それで一括りには出来ない感情も一緒に湧き上がってしまったのだ。ハッキリ言ってこういう何か形容し難い感情は初めての経験だ。だから、参戦レポを書こうとしている今の刻で頭抱えて畳を転げ回っておる次第……

正直な所、どういう切り口で書きゃいいか取っ掛かりがつかめないし、落し所も全く見えやしない。そんなLiveの事を、出涸らしになりつつある記憶を脳ミソから絞り出して、出来得る限り言語化してみようと筆を執っていく事にする。『鉄は熱いうちに打て』の諺通り、感動も同様で、その熱が冷めないうちに書き綴るのが良いはずだから。

 

 

 


 変わらないモノと紡いだ縁というPage

 

 自分は青山吉能について、当たり前だが多くを知っているなんて、とてもじゃないが言うつもりもないし、そもそも言えない。彼女がいろんな番組とかで見せているパーソナリティを見聞したりして、それをごく狭いインプレッションとして認知しているだけに過ぎない。故に、ここから書き殴っていく事は自分が抱く勝手な青山吉能のパーソナリティである。


 トークパートでの彼女は、本当に昔から変わらない0か100%の二択しかない。
よく笑うし、わちゃわちゃと落ち着きが無かったり、ネガティブに沈むときはとことん沈んだりと……まあ、分かっちゃいたがこの人は本当に面倒くさい人だなとwww


 けど、いつでも全力全開の直球勝負と、偽らずに弱みを曝け出せて強みに出来るというのが青山さんのいい所でもあるし、そういう部分に惹かれる人は多いのかなとも思える。それはファンだけじゃなくて、彼女と一緒に仕事をされる人達も同様に感じてるのかなと。

昼の部で、トークパートの進行を務めた構成作家の浅野さん。バースディメッセージを動画で寄せた『プラオレ!〜PRIDE OF ORANGE〜』にて青山さんと共演されている本郷里美さん。声優デビューから長く、深い縁で繋がっている戦友・田中美海さん。更には、青山さんが憧憬を抱く早見沙織さんからもメッセージが寄せられる。どの方も、深愛の情を感じられる言の葉を青山さんに贈られたと感じられた。

そして、このLiveの演奏を彩ったバンドメンバーの方々。青山さんが紹介した際、おじさん達と呼ばれていたが、どの方も実力派のプレイヤー。Liveでの演奏は本当に楽しそうに演奏されていたのが強く印象に残っている。


 前述でも触れたけど彼女って根本的に不器用で面倒くさい人。でも、それ以上にクソがつく程生真面目な人だし、凄く他人に気の遣える真摯な人でもあると思う。この部分は何一つ変わっちゃいなかった。だからこそ彼女は信用されているし多くの人達から愛されているんだろうなと。

で、会場内の至る所に貼られていた様々な案内板は手書きによるモノで、それを書いたのは青山さん自身によるモノだという。そこにも、彼女の気配りと心遣いを表れた温かなモノだ。(写真撮るの忘れたが……)

ただ単純に書いたのではなく、イラスト添えたりデコレーションが施されたり、披露する楽曲のヒントが隠されていたり(鈍感かつその楽曲知らん自分は全く気付かなかったがwwww)手作り感もあり遊び心も忘れていない。

それと……客入れBGMで流されていた楽曲は、青山さんが生まれた1996年にリリースされたヒットソング。途中で何か気付いて勝手にノスタルジックな衝動に打ち震えてみたり……

ただ決まった刻の中ホールで歌って踊るのがLiveではないと。開演前や終演後の刻までひっくるめて、会場全体という領域全てがLiveでありその細部にまでTeamよぴぴは拘り抜いたのだ。だから、このLiveは配信という選択をとらなかったのだと思えてならない。


 
 自分も楽しんで、なおかつ来てくれた人達も楽しんでもらいたいと青山さんは言った。
彼女の誕生日を祝いに馳せ参じたが、青山さんの誠実さと深愛の情に心打たれたのである……
 

 

 


 ボーカリスト青山吉能の真骨頂と進化

 

 青山さんがこのBirthday Liveにおけるセットリストの要としたのが、これまでに彼女が巡り逢った楽曲。デビュー楽曲は当然の事、聴いて多大なインプレッションを抱いた楽曲と演じて来たキャラクターの魂でもって歌うキャラクターソング。

口の悪い表現になってしまうが……このLiveはカラオケライブと揶揄されても仕方ないセトリになっていた。まあ、彼女の持ち歌自体が少ないってのもある。でも、青山吉能の表現のチカラがそうさせなかったのだ。

ただ単純に音をなぞって歌うのではなく、様々なテーマを設けて楽曲の持つ物語を繋いで引き出し、新しい楽曲の表情を魅せた。言わずもがな、このLiveの主役である青山さんの多様な歌声も見事なモノで、彼女がきちんと謳えて血を流さないと楽曲は死ぬ。

直向きで真っ直ぐ。顔で歌い、爆ぜる感情を余すところ無く歌声に乗せていくのが青山さんの謳。でも、あの場で感じられたのが、いい意味で力を流していた部分ではないか思っている。出し続けるのでなく瞬間の一点のみ100%の力を出すみたいな。

0or100の極端な二択のみで突っ走るハイスパートではなく、抑揚が付く事による深みの様なモノが彼女の歌声の質に進化したのだろう。時に沁み入る様に聴かせ、ある部分では一気に感情を爆ぜさせる絶唱だったり。落差をつける事によって観客の感情も揺さぶられていく。


 このLiveで歌われた楽曲は、ほとんど自分の知らない楽曲ばかりだった。でも、どの楽曲も何かに惹き込まれる様に聴き惚れさせられたのだ。自分だけかもしれないが……カバー楽曲を歌われた際、全く知らん楽曲を歌われると一気に醒めてしまう場合がある。

けど、このLiveではどの楽曲も醒めるという事が起きなかった。それは、青山吉能が歌によって創造した領域に魂がいい意味で囚われたからだと思っている。圧倒的な説得力で徹底的に打ちのめされたと言っても過言では無かった……


 彼女の謳を直に聴くのは三年振り。自分には歌の良し悪しを測れる物差しなんてないけれども……この年月で青山さんが逃げずに真っ向から日々を闘って得られたいろんな要素が、彼女の表現力の限界領域を超えて上の段階に昇華していったからと勝手に思い込んでただ唸っていた。

 

 

 

 

 境界を越えて繋がる縁と魂

 

 ここで言う境界というのは、表現者(声優)である青山さんと彼女がこれまで巡り逢って来たキャラクターとの関係性を指す。このLiveでは、青山さんが演じられて来たキャラクターと出演作品の楽曲も歌った。

様々な楽曲があったが、やっぱり自分の中では、彼女にとってデビュー作となった『Wake Up, Girls!』の七瀬佳乃のキャラクターソングが特にぶっ刺さったのだ。更に言えば、七瀬佳乃も5月15日が誕生日。青山さんにとって欠く事の出来ない血の繋がりよりも濃くて深い縁で結ばれた魂の片割れと称して良い存在なのかもしれない。


 『Dice of Life!』と『青い月のシャングリラ』が聴けるとはまさか思ってなかったから、メロディが流れた時は本当にもう感情が迷子になって散々迷った挙句爆ぜた。そうなってしまうのは、青山吉能の傍らに七瀬佳乃の想いと魂があの刻とステージで共演を果たせたからだろう。

そして…七瀬佳乃のアイコンと称される楽曲『ステラ・ドライブ』で響かせる清廉で伸びやかな絶唱がまた聴けたというのが本当に嬉しかったし、彼女の絶唱の余韻の心地良さににしばらく浸っていた。


 

 

 

 青山吉能にしか謳えない、青山吉能だけの謳

 

 Birthday Liveにおいて、自分が最も直に聴きたかった楽曲は『解放区』と『わたしの樹』


必ず歌うであろうという根拠のない確信を抱き、参戦を迷わず決意して動いた最大の要因は、この二曲を直に聴きたいという想いだったから。そして、それが叶った。


 Birthday Liveという一つの区切りとなる機会で謳われた『わたしの樹』
この楽曲は、青山さん自身を『樹』になぞえらえて詞が綴られ楽曲の世界観が構築されている。

音源のみで聴いた頃から、この楽曲がとんでもなく重い楽曲だってのは痛感させられていたが……やっぱりLiveで直に彼女の絶唱を浴びせられると、そのとんでもなさは飛躍的に上昇していた。聴いた瞬間、身の毛のよだつ様な寒々しい感覚に陥った。会場の空調を効かせ過ぎていたんじゃない。自分の全身や五感で彼女の絶唱を浴びたからなんだって。


 青山さんの絶唱に固唾を飲んで沁み入る様に聴き惚れるしか出来なくなっていた。実際に『わたしの樹』聴いたらスゲェんだろうなって漠然と思っておったらコレですよ……『顔』で謳えるのが、青山吉能の真骨頂であると改めて思い知らされた。何のケチの付けようもない完敗だ。


 『解放区』は昼夜共に披露されたんですが、圧巻だったのはアンコールで披露した方。
もう完全にリミッターを外し、タイトル通りにあらゆる感情を爆ぜさせて響かせた奔放かつ暴力的な絶唱が本当に凄まじかった。音の波が打撃となって身体を打って来るみたいな。

本当のラストに『アンセム』である『解放区』をチョイスしたのは、この楽曲が自分から自分へと向けた応援歌であり、彼女から受け取り側への応援歌という面もあるからだろう。そして、今の情勢(コロナ過)に抗う為の応援歌でもあったのだと。それを踏まえて詞を読み進めていくと、重なり合う部分が多く、一節一節がグサグサと突き刺さって、偽りの無い本気の想いと魂が、我々の魂に火を点けて燃え滾らせる。


 (もしかしたら記憶違いかもしれないが……)歌っている時、彼女が人差し指を天に掲げる所作があった。あの瞬間、青山さんには限界の向こう側の領域が見えて指差したのかもしれない。


 そして……忘れてならないのは、デビュー楽曲『Page』


 言わずもがな、音源のみで聴いても存分に強い楽曲だと唸らされた。
故に、Liveで直に聴いたらその強さは増幅されるだろうと確信を抱いてこのLiveへ臨んだワケである。


だが、そんな予想を彼女は軽々と超えた絶唱を響かせる。


青山さん自身が詞を綴ったこの楽曲。夜明けを想起させる様な、爽快かつ晴れやかな曲調にポジティブさやネガティブな感情を包み隠す事無く在りのままの生き様を謳う。極めて、青山吉能らしいメッセージが存分に詰め込まれている。

自分の鈍感さに辟易してしまうが……『Page』という楽曲は、『わたしの樹』と『解放区』に連なる系譜の楽曲だったと気付かされたのだ。

三つの楽曲に共通しているのは、ポジティブな感情もネガティブな感情も一切ぼかす事のない世界観で作られている事。そして、最終的には扉を叩いて開き、未知の領域へと踏みだす覚悟を謳う。

彼女がこれまで駆けて来た軌跡は順風満帆じゃなかった。荒れ放題の獣道をかき分けて、時には回り道しながら止まらず進んで来た。そう、動かなければ何も変わらないという事を、青山さんは痛感して闘い続け『負けない』『諦めない』と謳う。無限に広がる未来の可能性を信じているから。


 
 真っ白なPage 今日を忘れず進め 

 未完成のままでいい 愛おしい日々を行け(往け)


 ―青山吉能 『Page』より引用

 

 ラストフレーズであるここの節を聴いた時、魂が戦いで身体の内から熱が滾って来るのが分かった。いままさに、青山吉能から『何か』を貰っている事を実感させられたんだ。

その『何か』の明確な正体は分からないし、受け取った人それぞれに違ったモノなのだろう。
『力』かもしれないし、『勇気』だったり『希望』かもしれない。はたまた『未来』かもしれない。

繰り返しになるが、本当に『何か』は分からない。だが、とんでもなく大きな『何か』だったのは確かなモノだった。


 何かと俯き諦めそうになってしまう今の時勢。あの刻での『Page』は強く響き、新たな強さを得る。
『わたしの樹』と『解放区』との結びつきによってそれが実現した。Liveのセットリストは系譜の繋がりが肝要なのだと思い知らされる。

前述で触れたが、青山さんの軌跡は順風満帆じゃなく多くの困難や高い壁があったのは想像に難くない。それでも、彼女は前だけを見据えて止まらずに駆けていた。躓いて倒れそうになっても前のめりで。

でも、全員が全員ポジティブに切り替えられて前に向けるとは限らない。まあそう謳ってるけど……ねぇ。てな具合に斜に構える人もいる。ネガティブの極致にある人達をも、根こそぎ応援して手を本気で差し伸べる。ネガティブ側の階層まで青山さんはわざわざ降りて来て強引に手を繋いで引っ張る。


 青山吉能は誰も見捨てない。全員まとめて鼓舞する。真っ白な『Page』に彼女が綴る物語には我々の存在も一緒に在るのだと。

 

 

 

 

 終わりに。

 

 終演して、エモーショナルなインプレッションを成す為の語彙力が脳ミソから行方不明になるのは恒例行事ではあるのだが……このBirthday Liveにおいてはいつもと違う感覚に陥ってた。

歌を聴くLiveではあった。でも、人間・青山吉能の生き様を感じるLiveだったからだろうと、あの刻から時間が経って、今こうしてBlogに書き殴っているうちにそういうインプレッションとして湧き上がって来た。

彼女のトークスキルや、血の流れる魂の絶唱だけではこんな感情にはならない。そうなった要因はこの怪文書の冒頭にある通り、青山さんの誠実さと深愛の情によるモノだろう。そして、この生き様全部込めるのが青山吉能のLiveスタイル=表現のカタチなのかもしれない。

彼女からもらった『温かさ』。それを自分から他の人達へ…そう思ってこの参戦レポを書き殴らせてもらった。雑で拙い怪文書でありましたが、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。


 忘れられないLiveがまた増えました。そして未来の刻。どこか大きなステージのド真ん中で血の流れる青山吉能絶唱に魂を震わせ鳥肌が治まらない刻が来る事を願ってやまない。