巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

One offと普遍的&汎用性が織り成す楽曲の物語。

 毎度ながら、今更改めて書く事ではないのですが…
当Blogの考察系の記事は100%俺の私見&暴論で書き殴っております。
なので、閲覧の際には本気で内容を捉えるのでなく、アホ(俺)がまた何か書いていやがるな…という生温かい視点で右から左へと流し読みされる事をお薦め致します。


さて、恒例の釈明大会はこの辺りでお開きにして本題へ入らせていただきます。

 

 

 

 

 前回の記事にて『止まらない未来』が持つ『物語』について色々と書かせてもらった。
本文中に、WUGが『止まらない未来』を3rdツアーで歌った際に感じた第一印象が違和感の無さであり、シンクロ具合の様な合致感だったと書いた。
ライブでの披露がこの時初めてだったという要素もあるのだが、音源は既にリリース済みであるにも関わらずにその印象を抱いたのは、この楽曲が普遍的要素に重きを置いた…
言いかえるならば汎用性重視というコンセプトにて作られた楽曲であると勝手ながら感じている。
続・劇場版後編『Beyond the Bottom』作中に於いて島田真夢の台詞に前述の様な物言いがある。

 


―極上スマイル、I-1が歌っても違和感が無かった。―

 


現実に於いても、I-1の名義にて『極上スマイル』の音源がリリースされている。
で、真夢の台詞が証明している通り、現実にI-1、そしてWUGが混じっているがランガ、更にはi☆Risが混じって歌ったとしても違和感はない。表現が雑で申し訳ないが…誰が歌っても良く違和感を感じないのである。

 

 

さて、ここからは『If』…もしもの話になる。

 

(先に言ってしまうが、またI-1サイド絡みの事になるのでうぜぇ…と思われたらスルーを推奨します)

 

 聞かない話ではあるのだけれども…
『止まらない未来』のWUG.verに違和感を感じないのなら、『素顔でKISS ME』、『少女交響曲』のI-1.Verはどうなのだろうか?と。

(ちなみに、この二曲を挙げたのは単純に俺が聴いてみたいと思ったからであるwww)

系譜的に『ジェラ』と相通じる要素のある『素顔でKISS ME』のカバーは違和感無く受け入れられると勝手ながら思う。
何故なら、この楽曲も普遍的・汎用性の高い要素があるからだと自分は感じているからである。
作中で久海菜々美が『全然歌った気がしない』と不満をぶちまけWUGらしくない楽曲という烙印を押した。このWUGらしくないという要素の解釈を別の角度にて捉えると、普遍・汎用性という解釈に辿り着くのではないだろうか。


一方で『少女交響曲』の方はどうだろうか?こちらの方は、自分はハッキリ『否』という答えが出ている。


理由は単純。この楽曲は普遍的・汎用性という要素を排除し、WUGの為の"One off"仕様楽曲だからである。


疑うこと 覚えたらキリないけど 

みんな弱いよね 私も同じ

人と人とが つながるって奇跡

次の瞬間 この手は離れるから

ごめん さよなら


Wake Up,Girls!少女交響曲』より引用


自分のWUGライブ参戦レポの所感には、毎回この箇所が『少女交響曲』の要となる部分と書いて来た。
I-1のボーカル部門のツートップである(自分の所感)明坂聡美さんと安野希世乃さんが歌ったらと想像(妄想)するだけでも肌が粟立ち、聴いてみたいと思わせる。
だが……100%を超えた領域以上のモノは感じられないと自分は思っている。その領域を超えて更に限界に進んでいくには、技量を凌駕したまた別な要素が必要になるのだろう。
それは楽曲が表現者に踏み込む領域≒答えを提示しているのかもしれないし、刻がそれを解決するのかもしれない。
思い入れや贔屓目があるのは百も承知だがあえて言わせてもらうと、『少女交響曲』の要の部分に血を流せて真の想いと魂を宿せるのは…


吉岡茉祐さんと青山吉能さんの"魂の絶唱"だけであると言えるのである。

 

 

 正直、何を書きたいのか、何を書いておるのかがワケ分からなくなってしまいました…
ただ書きたかったのは、カバーが悪いというモノではなく楽曲の持っている限界領域や物語性を如何に引き出して伝えられるのかについて書きたかったのですが…
それが出来ずに迷走した駄文になってしまったのは単純に自分の力量不足であります。
駄文なのは毎度の事だし、元々生き恥の塊みたいなBlogなので別にいいですがwww
もし、読まれて不快に感じてしまったのでしたら本当に申し訳ありません。


最後に、繰り返しですがこの記事は自分の私見によって書いたモノです。
違う考えをお持ちの方がいたら、是非とも伺ってみたいですし
個人の考えなんて狭い見識で出来上がったものでしかありませんから
いろんな見方や考え方を知りたいです。

 

 

 

 

『未来』を謳った楽曲の物語。

今回の記事は、ある楽曲が持つ『物語』についての独自考察。

そして、本来なら本稿はこの機に世には出さないつもりでしたが
いろいろありまして……今回この様な形としてお届けさせていただきます。

 

 

 

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I-1club/『止まらない未来』が持つ楽曲の『物語』について書き殴っていく。

 

 

 

 

 


 Chapter1/WUGにおける『止まらない未来』披露の意義と機

 


 WUGによる『止まらない未来』が披露されたのは、3rdツアーと2018年のバスツアー内の五周年ライブ。一見すると、全然関連性の無い時間軸にも感じられるが、自分はこの二件には共通するモノを密かに感じている。


その共通項だが、その当時の置かれているWUGの状況であると見ている。


まず、3rdツアーでの状況から述べさせてもらう。2015年に公開された続・劇場版後編『BtB』にてアニメ作品でのWUGの物語は一応の完結というか区切りを見せた。
作品としての先行きが無いまま迎えた3rdツアー(新章の話は3rdツアー開始前には伝えられていたと後に語られたらしい)で七人は力強い決意と覚悟で我々に誓った。


―今度は七人で作品を引っ張っていく―と。


WUGによるI-1カバーのコーナーは1stから続いて来た恒例のモノであったので
3rdツアーでのI-1コーナーの初手に何を披露するか注目していたのは自分だけでは無かったはずである。
そして、3rdツアーの初陣・千葉公演で披露されたのは『止まらない未来』だった。2015年のWUGフェスでは披露の叶わなかったこの楽曲を七人は見殺しにせずに
『忘れ物』を届けてくれた。
こいつは自分の偏見混じりでもあるのだけれども、3rdツアーで最も披露が待ち望んでいたのはこの楽曲と『運命の女神』であったと。
物語において、新生・I-1本隊の『始まり』の楽曲でもあり勝負を懸けた決戦用の楽曲だと思える楽曲。勝負を懸けて臨んだという点では作中のI-1本隊と3rdツアーでのWUGの七人に共通している事であり
それを考慮してみるとWUGとこの楽曲との関わりは無視は出来ないのではと思えてならない。

 

二度目の機となったのが、WUG五周年記念ライブでの披露。そして、この項にて避けられないキーワードが存在している。それはWUGの解である。
実際の所、最終的に解散という決断に至ったのかは勿論我々には窺い知れない所ではあるのだけれども、今後の身の振り方の様な話はおそらく相当前からの時点であった様に思える。
そんな状況の中にて迎えた五周年バスツアーとライブだったのではないのだろうか?
今後の更なる飛躍を期待していた人もいるし、逆におぼろげながら終焉の刻を恐々しながら予見していた人もいる。
『未来』というモノは本当に誰にも分からない不確定で不安定なモノ。七人がこの時点(2018.3月末)で未来の事に何を想っていたかは勿論我々には分からない。
私見の域ではあるが、一つ確かだと思えるのは…人の眼は背中にはついていない。何故なら前に向かう為=未来に向かう為に存在しているモノ。そして刻というモノも過ぎてしまったら二度と戻すことは叶わない。
先の見えなかった状況の3rdツアー、そして見据えていたであろう五周年を経て終焉後の未来に挑む事と懸けている想いが込められ、セットリストに組み込んだのだと自分は解釈し結論付けさせていただく。

 

 

 

Chapter2/新生・I-1本隊における『止まらない未来』披露の機と意義

 

 

 自分が参戦したWUGフェス2016(Wake Up, Girls!Festa. 2016 SUPER LIVE)の参戦レポに自分はこの楽曲のアクトにこういう所感を書いた。


失われた最後のパーツ(I-1本隊の魂)がようやく帰って来た。


センター・岩崎志保(CV.大坪由佳)が去り、新センターの座を射止めた鈴木萌歌(CV.山本希望)と新しい“血”である高科里佳(CV.上田麗奈)を加えた新布陣。
本来ならこの前年に開催されたWUGフェス2015にて見られなければならなかった光景であると自分は未だに主張している。
そしてようやく迎えた真の『止まらない未来』披露の機。WUGフェス2016のパンフレットに記載された出演陣のサインの傍らに書いてる意気込み。


加藤英美里さんは、I-1がどういうチームかもう一度教えてあげる。と。

山本希望さんは、ゆずれない。と。

福原香織さんは、負けない。と。

明坂聡美さんは、絶対に渡さない。と。


WUGが3rdツアーでこの楽曲を見殺しにはしなかった事への感謝。そしてその想いに報いる為にはWUGが魅せたモノを本家としては凌駕したモノを魅せなければならない意地とプライド。
この楽曲、そして鈴木萌歌のイメージカラー、未だこの案件は叶っていないがアイドルの祭典・2015にて纏っていた衣裳、全てにおいて共通している『青』という色。

『青』には様々な意味を成す言葉がある。海や空の色然り、若いという意味でも使われてもいる。『海』は生命の源とも言われていることからWUGの生命の楽曲『BtB』と同系譜に属すという解釈も出来る。
そして、次世代の象徴として描かれていた鈴木萌歌。若いという括りで見れば彼女に相応しい色となると単に『赤』の対比ではなく『青』をあてがったのも頷ける様にも思えて来る。
また、青年期を人生の春に例えて『春』という意味合いもあったりするので新たなI-1の体制で更に磐石な地位を築くという意味をあるのかもしれない。


 あくる年でのWUGフェス2017(Wake Up, Girls!Festa. 2017 TRINITY)では、『Jewelry Wonderland』の前に披露された。
自分の中では、『運命の女神』→『止まらない未来』→変化の為の進化を謳った『君とプログレス』→I-1という存在の集大成『Jewelry Wonderland』という繋がりのある系譜と組曲的な楽曲陣である様に思えて来る。
I-1サイドでのこの『止まらない未来』の解釈はまたWUGのモノとは違って来る。
止まらないのではなく、どうにも出来ない、自分では止まる事の出来ない領域にまで到達してしまってこれまでに様々な事を犠牲にして来た。
何かを勝ち取るには何かを犠牲にしなくては掴めない。それも世の理なのだろう。作中にて特にクローズアップされていたのが人としての感情だったと思う。
他者の尊厳を踏み躙る様であるが、そこまでしなければならないのかもしれない。でもそこまでする必要もないかもしれない。その答えは誰も正解を答えられないし存在してないのだろう。
『信じてる』と歌詞にあるが、各々が殉じている『信念』をも謳っている楽曲である様にI-1サイドの方は解釈が成り立つのではないだろうか。

 

 


Chapter3/『止まらない未来』を作ったのは誰なのか?そして繋がるあの楽曲との関連。

 

 コレに関して現在までに公式の設定が発表されていないので、妄想と暴論の域で語るしかない。
よく目にする意見の多くは、白木徹か早坂相のどちらかによるモノではないだろうか。但し、本稿においては早坂相という説に基づいて書き綴るものとする。


これまで自分の中では、白木さんによる一択という解釈であると思っていたし、それは揺るがないモノでもあるのだけれども
だが…新章の人物考察での早坂さんの項を書いている時、そして、色々な方の意見を散見するうちにいろいろと思う所が出て来たのである。
早坂さんがWUGに託した楽曲『少女交響曲』。ある方の意見で『止まらない未来』はWUGが歌っても違和感の無い楽曲と称していた。
そう、3rdツアーに直に聴いてみた第一印象がまさにその違和感の無さであり、シンクロ具合の様な合致感だった。
それを考慮してみるとある仮説が自分の中では成り立って来る。


少女交響曲『止まらない未来』
姉妹曲という系譜で繋がっているのではないかと。


この暴論は、早坂相が『止まらない未来』を作ったという説を証明出来る事項の様に思えて来る。
『止まらない未来』のカラーは『青』。少女を若い存在=『青』という解釈にて捉えるのならこの関連(無理矢理なのは承知の上だが…)無視出来ないとも感じられるし
『初恋』や『信じる』という語が双方の楽曲に用いられているし未来への不安を感じている要素は単なる偶然という事で片付けるのはいささか違う事にも思えて来る。
おそらくこの二曲が作られたのは同時期だと自分は推測している。東京で成功したのならWUGにこの楽曲を託したかもしれないし
変革の刻に臨むI-1の起爆剤的な楽曲となるべく作られた楽曲にも解釈できるが、止まらないという語が白木徹の現在の生き様を模している様にも捉えられる。

 


あくまでも自分の解釈だが…2015アイドルの祭典で歌われた楽曲はそれぞれの時間軸を証明する楽曲という括りにも解釈出来る。


過去を(島田真夢への想いと、死んで生まれ変わる=敗れたという過去)を謳ったネクストストームの『レザレクション』

現在を謳った今生きる刻の者としての生命の輝きであるWUGの『Beyond the Bottom

そして、未来を謳った、信念の楽曲であるI-1clubの『止まらない未来』


これらの楽曲に込められた彼女達の想いと魂。それぞれが信じている刻。
『過去』があるから『現在』があり『未来』へと進める。
『現在』を全力で生き抜くには『過去』を受け入れ『未来』に想いを馳せる事。
『未来』へと邁進するには『過去』と『現在』を肯定し突きつけられる事柄から逃げない事。あの刻で勝ったのはWUGだが、それぞれの刻の流れは平等にあって一瞬が尊いモノである。


I-1、そして鈴木萌歌が敗北した事は屈辱だろう。だが、敗北という経験を経たというのも財産である様に思えるのである。

 

 そして、この楽曲に真に魂が宿り完全なモノとなるのは…
ジャケットで彼女達が纏っている『青』の衣裳で歌われた刻だ。

 

…その機と刻が何時になるのかは全くの未知の領域。
だが、そんな『未来』という刻と可能性を俺は愚直に『信じて』みたい。

 

 

 

 

 

 

 

WUG楽曲 ライナーノーツ #20 海そしてシャッター通り/言葉の結晶/土曜日のフライト/さようならのパレード

 どうも。あかとんぼ弐号でございます。


今回は、放置してしまっていた…WUG楽曲ライナーノーツシリーズになります。
何だかんだで今回で番外編を除くと第20回目となる節目を迎えました。

そんな節目となる今回書き殴っていくのは……こちら。

 

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1月23日にリリースされた
ベストアルバム『Wake Up, Best! MEMORIAL』に収録されている
WUG名義として最後となる四曲の新曲の物語について各曲それぞれに焦点を当て四曲が持つ魅力を紐解き所感を書いていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 海そしてシャッター通り

 

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 まず、フルを初聴しての第一印象だが、冬の早朝に今まで育ってきたシャッター街から旅立とうとしている人物が思い浮かんだ。そしてその人物はもうこのシャッター街である故郷には戻らない覚悟も秘めている
楽曲を聴いた時に見える情景だったり抱く印象に自分の経験や記憶を重ね楽曲の世界観を強烈に感じさせる。この楽曲はその感覚に強烈に訴えかける楽曲である様に思える。
曲調からは、シャッター通り=衰退した街が表す様な別離・哀愁を単に感じさせる楽曲というモノを感じて物悲しさを思い起こさせるのだが、聴き込んでみるとそれよりは望郷の念やノスタルジック感を強く印象付けさせる様であり…
『言の葉青葉』→『雫の冠』→『TUNAGO』の系譜に連なる"最終章"に当たる楽曲である様に思えて来るのである。

で、前述でも書いた別離と哀愁の要素より、望郷と郷愁を感じさせた最大の要素は二つあると自分は解釈させてもらった。
まず一つ目の要素は、言わずもがなWUGの七人の叙情的で慈しみを感じる歌声だ。
歌詞が紡いでいるのは旅立つ前に街を巡り歩いて別れを迎える関係性を前に今までの刻を思い返して落着し旅路へと向かう。
それが顕著に表れているとされるのが、1番のサビ部分での以下に記した箇所ではないだろうか。

 


錆びない想い出を 抱きしめるように

ひたすらただ歩く 懐かしい 愛おしい 私の街


Wake Up,Girls!『海そしてシャッター通り』より引用

 


育った街は寂れてしまったのだろうが…そこで過ごした刻と想い出は錆びる事無く自身の魂に残っていくモノ。ただし…刻を経て行くうちにそれは段々と希薄になってしまう。
当たり前として存在していた今まで見慣れた景色や日常、人との繋がりは旅立った後には当たり前ではなくなる。当たり前の"奇跡"に感謝し己の魂に刻み込んで未知の軌跡=旅路へと向かっていく。
そしてもう一つの解釈として、題にある『海』という語を時勢の流れに置き換えて解釈し、シャッター通り=衰退の意を故郷ではなく、終焉の刻が訪れたWUGという解釈でこの楽曲を捉えてみても成り立つとも思える。
『あの日を笑顔のままで』という節だが、これまで、そしてこれより後に控えているWUGのライブやイベントでありその場でしか体験できなかった掛け替えのない尊いモノを喩えているのではないだろうか…
更に都合の良い様に解釈するならば、ラスサビの一節にある
『たいせつなものたちの面影』の一つに七人が我々ワグナーも一緒に囲ってくれているのならば……それはそれで胸が熱くなるモノを感じざるを得ない所である。


二つ目の要素は、随所に差し込まれている時計の針が刻を刻む音だ。
この音と主となっているストリングスの奏でるメロディとが見事に合致し、より叙情的でノスタルジーな雰囲気を醸し出しているのだろう。
刻を刻む音が表現しているのは、前述にある様にこれまで過ごした刻の流れをより強調し聴覚的に訴え掛ける作用を果たしていると感じられる。
過ぎ去った刻を懐かしみ、慈しんで想いを馳せ…網膜に焼き付ける様にただひたすらに街を巡り歩いて、これからの刻である旅立ちへ向かう為の決意と覚悟を強固にする。
旅路へ向かう前に必要な"儀式"を思わせる楽曲であるようにも思えてならない。

 

 

 

 

 

 言葉の結晶

 

 

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 『静』の要素と悲壮感が漂う曲調ではあるが、ジャジー的でお洒落な雰囲気を醸し出している落差の激しい変化球的な楽曲。
で、この楽曲に深みをもたらしているのが七人の感情を抑え込んでいる無機質的な歌声ではないかと思える。
この要素だが、他の3曲と一線を画している様に感じたのはこの楽曲が新たな軌跡を歩んで行く為に一旦自らの内面を省みる事=自己との対話がテーマにある様に思えて来る。
詞にある『あなた』という語なのだが、他者への語でもあり自分の内面というダブルミーニングを持つ語としても成り立つ解釈であるとも取れなくも無い。
伝えたい本気の想いはあれどもそれがきっちりと伝わるかどうかの不安や焦燥感、それらに挫けそうになり消えかけるもう一つの魂の火。
壊滅的なレベルである俺の音楽知識ではあるが…全体的に難解で複雑な曲調だというのは分かるつもりであり、それが揺れ動く感情を模している様でもあり、ネガティブな部分の極致にあるのがこの箇所だろう。

 

いつでも微笑んでいるドールの 怖さに今は気付いている

問いかけるような瞳 もの言わぬ声だった


Wake Up,Girls!『言葉の結晶』より引用


 

微笑んでいる『ドール』という存在は、我々受け取り側の人物達だろう。放った言葉がその人の心象に響けばその『ドール』は力強い味方に成り得るが、その逆に心象を深く抉る様な凶器であったなら、怖さ=牙を剥く存在になってしまう危険性を秘めている。
一方で俺自身も駄文だがBlogという媒体にて文章を書いており、そのなかで様々な事を書いている中で見知らぬ誰かに何らかの影響を与えているかもしれない。良くも悪くも。
自分の物差しでは良いと思って放ったモノが単なる妄信の思い込みだった事もあるのだろうし、悪いと感じていた事は実際にはそのモノの真理であったのかもしれない。
良し悪しも些細な切っ掛けで裏返ってしまう事だってある。それらを呑み込んで進んで行く事が肝要であり、言葉というモノはそれほどに重要で尊いモノである事を思い知らされる。


この楽曲で『核』を成している要素が、『もの言わぬ声だった』の後に訪れる一瞬の静寂の『間』と間奏後の展開だと思える。
暗闇から光溢れ瞬時に遮る視覚への刹那なる間である"見えない瞬間"が存在する様に、これは聴覚への刹那の間…無音も音楽の一部であるという意見があったりする。静寂は次の音への期待にも繋がり、静寂はどこか神秘性も感じられる。そして刹那の間の後でまた曲が響き…訪れるこの楽曲の最高潮がここだろう。

 

あなたに 誰かに聴いてほしい事がある 

泣いても 呼んでも 夕暮れだけ残った

一人で静かに 追いつめられる時間で 傷を削って 透明になる

最後に感謝を みせよう贈ろう 綺麗な波長と優しい笑顔で

最後まで演奏を続けるこの船 強さが あなたに届くと信じる


Wake Up,Girls!『言葉の結晶』より引用



この終盤の件こそ、この楽曲の核を成している要素だと俺は考えている。
この心を打つ節を階段を昇っていくかのようなメロディでたたみかけるのは非常に素晴らしく、感情を剥き出し爆ぜる『動』の要素のある七人の"絶唱"に込められた信念である様に思えてならない。
そして……ラストでの『輝きだけが言葉の絶唱。このパートは青山吉能さんのソロであり
彼女が柔和に"絶唱"という語を紡いでくれたのには勝手ながら激熱なモノを感じさせてもらえた…

 

 

 

 


 土曜日のフライト

 

youtu.be

 


 フライト、あとは歌詞中にあるエアポートという語から浮かぶ情景は単純に空港の風景が浮かんで来て、『海そしてシャッター通り』と系譜を同じくする『共感覚』に訴え掛ける楽曲だと言えるのではないだろうか。
そしてこのエアポートはそれぞれの夢へと繋がる空路の拠点となるハブ空港。故郷であるシャッター街から旅立ち、自分の魂と真摯に向き合って七人がまず辿り着いたのがこの空港なのだ。
イントロから醸し出される1980年代の松任谷由美さんや竹内まりやさんの楽曲を彷彿とさせるシティ・ポップ調が『海そしてシャッター通り』とはまた違う印象なノスタルジーを感じさせる。
未知の旅路へと向かう決意を表す叙情的な清爽感を強く表に出してはあるのだが、それと同居している漠然とした未だ燻っている不安を表す哀愁的な曲調が織り成す落差の構成が心情を抉る様な印象を抱かせていく。
で…哀愁的という観点で歌詞のみを追っていくと、終焉の刻を痛烈に思わせる語句で構成された箇所が出て来る。

 

忘れないで でも上手に忘れて

悔しい怖い泣きたい もう そのレベルじゃない


Wake Up,Girls!『土曜日のフライト』より引用

 


おそらく、これが哀愁的…いや悲壮感と言っても良い魂に蠢いている負の感情の根幹であり極致なのではないだろうか。
過去を消す事は不可能な話であるが、刻の経過によって徐々に薄れさせる事は出来てそれが救いや前進の切っ掛けにもなる。上手に忘れろというのはその比喩なのだろう。だが、忘れないで欲しいという想いもあってそのジレンマに思い悩む。悔しい、怖い、泣きたいというのはその抱いたジレンマに何か抗う様なニュアンスを思わせる。
ただし…悲壮感が目立っているワケではなくて、前述の様に未知の旅路へと向かう決意と覚悟を示した楽曲でもある。
今日の仕事(テーマ)は次に進むステージ~心こめて(で)飛びこえる…の節々はその要素を感じさせる箇所であり、フライトのもう一つの意味はハードルを飛びこえるという意味もあったりしている。


さて…この楽曲を解釈するにあたって『核』となるのが、曲題にある『土曜日』をどう解釈していくかであると思う。
俺の辿り着いた解釈は、一週間の七日を結成から終焉後を含める七年目の刻に当てはめて考えてみた。カレンダーに記載されている曜日は左端から始まる日曜。で、右端が土曜となっておる。
日曜がWUGの結成された2013年四月。で、カウントしては駄目なのだろうが終焉後の四月以降が個々の表現者としての七年目にあたる土曜。
六年の刻を経た後に辿り着いた未知の領域行きへのチケットを携え、彼女達が持つトランク(歌詞にキャリーケースとあるがトランクの方が何か良いという個人の偏見でトランクにするww…)にはこれまでの軌跡で培った経験と個の力という財産、そして夢を積み込み空港へと七人はやって来た。七人の目的地はそれぞれに違う。岩しか存在してない砂嵐吹き荒ぶ荒野か、絶海の孤島か、未踏の密林か……etcそこに何が待ち受けているのかなんて全く分からないが未知の領域に挑みたい好奇心と欲が彼女達を旅へと駆り立てその身を突き動かす原動力となる。
まぁ、話の方向がずれだしたので本題へ軌道修正致しますが……要は、曲題に土曜日という語を宛がったのは単に曜日という意ではなく、WUGの六年の軌跡と終焉後の未来への旅路を意味に含ませたと俺は考えております。

 

 

 

 


 さようならのパレード

 

 

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 集大成ベストアルバム『Wake Up, Best! MEMORIAL』そして…Wake Up,Girls!の最後を飾る"最終楽章”である楽曲。
正直な所、この楽曲への所感をまともに書き殴れる自信なんてモノは微塵も無い……
その最大の要因は、言語化出来るほど単純な感動ではなくて、そんな簡単に言葉にはならないモノなのである。
だが…この楽曲を託された七人の想いと魂をどうにか記憶と記録として残しておきたいただのおっさんが必死に楽曲と向き合い足掻きながら書き殴ったこれまで以上の駄文になる事をご容謝願いたい。

 


まず、イントロの時点で涙腺を集中砲火してくる危険な楽曲。
何故なら七人の原初の楽曲である『タチアガレ!』のイントロのアレンジバージョンに仕上がっておるからだ。
だが…聴いていくうちにイントロだけのアレンジが施されたモノではない事を思い知らされる事となりそれはインスト版を聴くとハッキリと分かって来る。
結論から言ってしまうが、この楽曲は『タチアガレ!』の単なるオマージュでない正当な系譜の続編…いや、終となる"最終章"と称する楽曲で、餞(はなむけ)や決着を付ける楽曲であるし
一方通行では意味を成さない双方向へ想いを行き来させる『絆』を『繋ぐ』楽曲の"最終章"でもある様に思えて来る。

で、楽曲が描写している世界観だが、俺はアルバムのジャケットの写真にある七つの扉のみが存在している部屋の情景が思い浮かんだ。
この部屋は七人の心象世界で存在していて、七つの扉の先にはそれぞれが目指して往く道が広がっている。
でも、まだその扉を開けて進まないんです。何故ならそれぞれの想いに決着が付いていない。『過去』を無かった事にしないで『今』と真摯に向き合っているから。
そして、『過去』を最も色濃く表している箇所が2番のAメロでの二人によるパートだろう。



私の歌は あかぬけなくて重たい

ぶつかってくれた声と同じくらいにね


Wake Up,Girls!『さようならのパレード』より引用

 


私の歌~のくだりは青山吉能さん、ぶつかってくれた声~のくだりは吉岡茉祐さんのパート。
出会って間もない結成当時彼女らは激しくぶつかり合った。俺の勝手な印象で恐縮だがこの二人は本当に似た者同士。それは一種の近親憎悪的なモノだったのかもしれないし、当時、雌伏の刻にあった青山さんが一種の只者ならざる"気"を迸らせた吉岡さんの存在への嫉妬と憧憬が混じった感情から『嫌い』だと己の偽らない心情をぶつけたのか…真相は当人達の中に秘めているだろうから窺い知る事は叶わないが、とにかく理屈じゃない。多分、一回徹底的にやり合わなきゃいけない関係だった。
共に意識し合えているから、共に最も負けたくない相手でもあり、共に最も魂の強靭さを理解している者同士。吉岡さんと青山さんがここの箇所を歌う事は本当に意義深く重大だ。
何度打ちのめされようが、傷を負おうが倒れるのは前のめり。彼女達七人はどんな状況だろうが前に突き進む事しか考えちゃいない。
その軌跡で失くしたモノは色々あるが、自分を信じる事は絶対に諦めなかった。それは終焉の刻・『ディストピア』(暗黒郷)=絶望の淵へ突き落とされながらも光を灯そうと生命の焔で立ち向かう。

 

願い続けていたい あの時約束したでしょう

立ち向かうこと 極上の笑顔でまた会いたいんだ


Wake Up,Girls!『さようならのパレード』より引用



七人でいられる刻を大切にして、この七人で何かを成し遂げたい『想いと魂』
それを貫き通す為に改めて七人はあの時(自分は2018.6.15であると思っている)に誓った。上記のパートはそれを力強く謳っているのだと思えてならない。

 

そして…『さようなら』の解釈だが、真っ先に浮かぶのは永遠の別離という気持ちもあるのだろう…
終焉の刻というものは避けようもない世の理で、その刻を迎えてしまう寂しさは慣れないものだろう。
だからこそ、最後かもしれない『今』を大切にする心情を秘めているのかもしれない。
歌詞に『また会いたいんだ』とある。それを考えると英語の『See you again』や中国語の『再見』という意味の語として捉えられる『今』を受け入れ、大切にする『さようなら』という解釈にある様に思える。



それは強い鼓動と 鳴り止まない命の音

かさなりあえば 高らかな歌声 『ぼくらのパレード』

ずっとそばにいたこと 時空を刻んで誇りに思う

進もう!


Wake Up,Girls!『さようならのパレード』より引用


パレードの意味は単に行進でもあるが、次から次へと現われる人の行列でもあるし、誇示するという意味を持つ言葉でもある。
終焉の刻が過ぎ去った後、未知の領域へと旅立つのはWUGの七人だけじゃない。我々も、『Wake Up,Girls!』がいない現実に嫌でも向きあわなければならない。
浅深の差はあれども共に在った刻は確かに存在していてそれは本当に尊く掛け替えが無く、誇れる想いと魂があった……
『進もう!』の語の後での間奏部を階段を昇っていくかのような勇ましさを感じさせるメロディで畳みかけるのは非常に素晴らしい。

 

そして……最終章を締める為の最後の言葉がこれなんだ。

 


 Wake Up!……

 


この最後の詞は歌詞カードには記載されていない。
『タチアガレ!』でのWake Up!は決起を思わせる力強い想いがある。しかし、ここでのWake Up!はまた違ったニュアンスを感じさせる。
七人が…変わろうとする想いと覚悟を抱き、一歩踏み出す勇気を込めて一句一句を大事に絞り出すかの様に優しく、でもその語には血の流れる生きた言葉となって解き放たれたモノ。
七人の背には"翼"が在り、七つの"扉"を開けて"未来"と"夢"へ羽撃いて往く……
別離の言葉でも再会の言葉で締めるのではなく、自分だけの輝きを掴む為の、新たな軌跡、新たな誓いが秘められた『最後の楽曲』であると…勝手ながら思えてなりません。

 

 

 

 

 以上四曲分、強引なこじつけと暴論による独自解釈をもって書き殴ってみました。
一曲毎の物語として捉えても良いし、四曲の繋がり・組曲として捉えても成り立つ最後の楽曲達。その可能性の形は無限にある。
自分は残りのツアーPART3の方には参戦出来ませんが、約束の刻・地である三月のSSAでのファイナルライブにてこの四曲が聴ける事を願いつつ今回の記事を締め括らせていただく。


今回、最後の楽曲について書いたが、まだ書いていない楽曲がまだまだあるのでこのライナーノーツシリーズは残念ながら続きますので、更新の際にはまた改めてよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

異端者による 『Wake Up,Girls!新章』独自考察【人物編7~Wake Up,Girls!編】

 異端者による『Wake Up,Girls!新章』独自考察シリーズ。
これまで【物語編】に【楽曲編】そして【人物編1~6】と書き殴ってまいりましたが…遂にラストを迎える事となりました。

 


ラストは勿論…彼女達七人。Wake Up,Girls!をお届け致します。

 

 

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彼女達七人の新章の物語を紐解く『キーワード』となるのが、OP楽曲の題にある7 Senses』(七つの感性・個性)です。それぞれの個性と向き合い、そして変遷していく七人の心情を色々と書き殴っていこうと思います。


毎度ではありますが、この独自考察は著者の暴論&妄想で書き殴っております。
是非お時間と興味が湧きましたらお付き合いいただければ幸いでございます。

 

 

 

 

 

七人でどう在るのか?から七つの"個"がどう在りたいのか?

 

 

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話は、新章の前日譚を描いた『エターナル・センシズ』に遡ります。
2015年アイドルの祭典で優勝の栄冠を勝ち取ったWUG。絶対王者として君臨していたI-1clubを真っ向から打ち破った唯一のアイドルとして仕事のオファーが殺到するにまで至りました。
このまま軌道に乗るかと思いきや、丹下社長は仕事を選ぶと言い放ち仕事を減らす方向へと修正してしまいました。松田さん曰く『金の亡者』と称される丹下社長らしからぬこの決断ですが、
丹下社長は以前の東京進出と同じ徹を踏まんとする為の決断であり、七人に問いかけました。


『あんた達はどうしたいの?』と。


現状の七人の心持ちでまた東京で勝負出来るのか?七人は返す言葉を失いました。真夢は『道は一つじゃない』とは言いましたが、彼女も東京で成果を出す事の難しさを知っている人物。
そもそも、彼女達が掴んだアイドルの祭典での栄冠も元を辿ってしまえば、東京で苦闘しているWUGに早坂さんがエントリーを促した事が起因でもあった。
良く言えば無我夢中で一所懸命。悪く言えば時勢の流れに流される感があったWUGのここまでの軌跡を七人は思い返しこれからどう在りたい、在るべきなのかを話し合う。
そんな中で、仙台での冠番組わぐばん!』やファンクラブイベント、更には仙台凱旋ライブと…I-1に仕事を押さえられながらも地道にキャリアを重ねて内省し
『WUGがどう在るのか』と『それぞれの個がどう在りたいか』をおぼろげながら見い出し、新章では個でのプロモーションに重視を置き、それに伴う形で七人を共同生活させました。
それが確固たるモノに昇華したのが新章6話で描写されていたバスツアーを通じて直に感じたワグナーの情熱、アイドルとしてどう在るべきか、応援してくれるワグナーの情熱を裏切らない為に自分達に何が必要なのか?彼女達が導き出した答えが、ユニットとしても、そして個々がより強くなる事である様に思えてならない。

アイドルの祭典で優勝すれば、東京に行きさえすれば何かが変わると七人は信じて疑わなかった。ですが、地道な活動やアイドルの祭典の不参加を決断して七人は不変のモノの中にも大切にしたいモノ…想いを届け、届けられる相互循環の尊さ。多くの人達に応えられる為にはそれぞれの個がより強く光り輝く事が必要だと。早坂さんから曲を託されて七人が作詞した集大成の楽曲『Polaris』にもその想いの相互循環が反映されていて『繋がりあい』『導き逢い』『輝きあう』事。

それが『Wake Up,Girls!新章』での七人の描写の核を担っていたテーマでもあるのだと思うのです。

 

 

 


七瀬佳乃の"新章"

 

 

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WUGとして活動する前はモデルとして活動していた佳乃。『エターナル・センシズ』にて皆の出来る事を語り合った時に、彼女はモデルだと答えた事から、佳乃の中ではいずれかの刻が訪れたらモデルとして勝負したい野心を持ち続けているのではないでしょうか。新章では彼女にモデルとしての仕事が多く舞い込んで来ます。モデルとしてまた高みに挑める機を得たと意気揚々と仕事に挑む佳乃ですが、彼女に求められたのはモデルとしてではなくアイドルとしての立ち振る舞い方だった。思い悩む暇もなくまた彼女にモデルとして水着グラビアの仕事が舞い込んで来ます。そして…この仕事が、佳乃にとってのアイドルの立ち振る舞い方を気付かせる切っ掛けにもなりました。

緊張に加えて野外の寒さもあったのか、身体が思うように動かずに佳乃は躓いて転んでしまう。ですが、その時の自然な表情がカメラマンには好印象を抱かせ撮った写真の彼女の表情は作ったモノじゃなく心底楽しんだ佳乃の真の笑顔。形式に囚われるのでなく不器用で不恰好でも構わない。ありのままの姿で全力を出し尽くす。これまでに佳乃が見せて来た『闘い方』を変わらずに貫く事を彼女に気付かせたと思います。


WUGのリーダーとして彼女は新章でも常に真っ向から挑む姿勢は貫き通して来ました。1話でこれまで彼女達が着てきた衣装が劣化して処分という事になった際に、佳乃はその衣装を用い、絆を繋ぐ為のシンボルとして七人分のシュシュを作ります。七人の軌跡と共に在った衣装に感謝と労いの念を込め…新たな形(シュシュ)でまた未来の軌跡を共に往く。『7 Senses』の一節にある『過去と未来つながってる場所』はこのシュシュへの比喩の様であり、『Polaris』でもお揃いのシュシュという箇所は佳乃のパートになっている事を考えるとシュシュは彼女のリーダーとしての想いが凝縮されたシンボルの様に思えなくもありません。

そして、9話では『たった15秒のCMを観た人全員ツアーに呼ぶつもりでやる』と力強い決意を見せます。
勿論、途方も無い雲を掴む様な話だが動かなければ何も変わらない。諦めて立ち止まってしまったら、七瀬佳乃がこれまで貫いてきた闘い方に嘘があった事になってしまうのではないだろうか。
その姿勢は誰に対しても変わらず『Polaris』歌詞執筆での丹下社長との締め切り期限引き延ばしの交渉であったり、隠し事をしてしまっている島田真夢への憤り…
彼女は真夢に言った。『頼りないかもしれないけど何でも話して欲しい』と。しかし、真夢は自分の事(岩崎志保の件)でメンバーに余計な心配をさせまいとして『うっかりしていて遅刻した』と嘘をついてしまった。
更には皆を繋ぐシンボルとして佳乃が劣化してしまい処分される衣装から作ったシュシュを真夢がこの時紛失してしまっていた。真夢の気持ちがWUGよりI-1側に傾倒して自分らの事を蔑ろにされた怒りと同時に湧いてきた悲しみの感情……ですが、歩達が真夢のシュシュを探し当た事、そして…志保はかつて誰も味方が居なかった過去の自分の姿だと涙ぐんだ真夢を見て彼女の抱えていたモノを慮れる心情になり得たのではないのでしょうか。

志保がI-1を去る瀬戸際に立たされた際には志保と会う様に真夢の背を押してあげた。但し、その場に佳乃が同席する事が条件で。真夢を信用していないワケじゃない。自分にも何か志保の力に微力ながら助けになれるのではないかという想い。そしてかつて彼女からの借り≒恩義を返す刻が来たと佳乃自身が思ったのかもしれない。
WUGが初めてアイドルの祭典に出場した際に佳乃は本番前に足首を負傷してしまいました。ですが、彼女の足に応急処置の手配をしたのが岩崎志保でした。志保にしてみれば直に闘うわけではなかったが真夢と雌雄を決したかっただけなのだろうが、佳乃にしてみたらステージに立つ事が出来たのは応急処置の手配をしてくれた志保のお陰であり、この件は佳乃の成長を描写していた様に思えます。

 

 

 


林田藍里の"新章"

 

 

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自分を変えたいとアイドルの世界に身を投じた彼女が、仙台に関わる仕事がしたいと言い、仙台と共に大きくなって何かを発信していくアイドルになりたいと力強く誓う。
かつてプロ意識の薄さを指摘された彼女がWUGの活動と共に軌跡を歩んで来た仲間達の存在が影響を与え、自分がどう在りたいのかに対しての藍里なりの『答え』が上述の言にある様に思える。
新章での彼女の個人活動は仙台を中心に描写されておりました。仙台の情報番組でコーナーを任されそつなくこなすものの、それは向こうから求められた振る舞い方ではなかった。
どうすれば求められた成果で応えられるのかを彼女なりに模索し辿り着いたのが、藍里のイメージアニマルである鮫の被り物を着けた『シャーク林田』というキャラクターでした。
共演者のリアクションは驚愕に包まれるが当の藍里本人はむしろこっちの方が落ち着くと言う。この思い切った決断と行動は自らの枠を打ち壊し道を切り拓いた原動力となった。藍里の成長を最も分かり易く伝えてくれるエピソードであったと思えます。

俺の勝手な藍里への印象ですが、彼女に魂を吹き込む永野愛理さんと同様にWUGにおける『扇の要』『鎹』(かすがい)と称する存在だと思っています。
皆への新しい伝達事項の手段として交換ノートを作ったり、ツアーファイナル仙台公演で初陣を迎え緊張の極みに慄くランガに御守り代わりとして自分のシュシュを差し出したり…
遡れば、真夢と出逢った当時誰もが腫れ物に触れるかの様に彼女に接した中、藍里は一人の人間としてきっちりと向き合い接して来た。真夢の魂が完全に朽ちなかったのは藍里の存在が最大の要因にも思えるのです。藍里が直向きに変わろうと努力を重ねる姿を見て、真夢の奥底に燻っていた原初の想いを呼び覚まし魂に再び火を灯した。
そして、真夢は『Polaris』の核となる二人組みのダンスパートの相方を藍里に頼みました。他のメンバーもこの真夢の提案に、今の藍里なら務まると賛成してくれている。
難度の厳しいパートであったが、パートナーに選んでくれた真夢の期待と背中を押してくれた皆にも応えたい想いと持ち前の直向きさで修練に励み、その成果を見事に本番で発揮した……
少しずつ成長していって、彼女の直向きな努力が報われた場面が真夢とのダンスシーンには凝縮されていて、変わりたい想いと覚悟をもった一人の少女がその軌跡で見せて来た物語に
どうしても胸が熱くなり、湧き立ち込み上げて来るモノを抑え切れない衝動を抱いてしまうのであります。

 

 

 


菊間夏夜の"新章"

 

 

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メンバー最年長であり、WUGのサブリーダーでもある夏夜。
生真面目で気持ちが先走りする傾向のある佳乃をサポートし、俯瞰でグループを見つつ本当に壊れそうになった窮地には率先して動き、逃げる時はちゃんと逃げる選択肢を選べる人物。
その背景にあるのが、真夢に匹敵する傷と傷痕を持っている事。育った地が震災で甚大な被害を被り夏夜は逃げる様に仙台にやって来たと回述している。
Polaris』での彼女のパート『君と見た景色さえ 黒く塗りつぶされて』は彼女の傷と傷痕を象徴している歌詞である様に思える。
おそらく、あのまま留まっていたら彼女の魂は壊れてしまったのではないだろうか。目を背けたくなる様な現実といつの日かまた闘う機会の為本能的に逃げの一手を選択したと思えるのであります。
そして…WUGが東京進出し苦闘している時も、夏夜は仙台に戻り再起を懸ける提案を持ちかけたが
その魂の奥には挑戦し続ける事の意義と変わりたい想いが確固たるモノとして存在している人物でもあります。


その立ち位置的なのか彼女の内面に深く切り込んだ様な描写はこれまであまり多くは語れてませんでした。
新章では実波と共に食レポ系の仕事をこなしていく事になったのですが、共演者が煽った一言『アイドルは太ったら命取り』という発言に発奮して実波に負けない見事な食べっ振りで応える。
彼女のこの食べっ振りが好評価となり、食レポの仕事がより舞い込む様になり、3キロ太ってしまう事態に陥ってしまった。啖呵を切っていた手前、ウエイトコントロールに苦心していたが、それを逆手にとって個人でブログを開設して記録を兼ねたダイエット日記を書き綴る事を始めました。未夕にはアイドルがダイエット日記を書いても大丈夫なのかと心配されるが、逆にアイドルだからこそやってみる価値があると彼女は言う。
アイドルとして夏夜がやってみたいと語っていたのは、具体的な目標はまだ分からないが何でも気合いでチャレンジしてみせると。

 

負けっぱなしで黙っていられない 弱さが集まれば 強い光に変えてゆけるから


―菊間夏夜(CV:奥野香耶)『Into The Light』より引用


夏夜の飾らない在りのままの姿を見せていこうという姿勢が共同生活という空間にて他のメンバーに伝わり各々が枠を壊そうと動き始めた。
夏夜のとったこの行動が七人の個の光を更に輝かせる起因となったのは間違いの無い事だったのではないだろうか。
かつて、『頑張りたくても頑張れない人の為に何かを頑張る』と彼女は語った。
菊間夏夜の本質は『闘う者』。傷痕ときっちり向き合い『本気』で挑戦し続ける事が彼女の矜持であり上述の言葉の様に、頑張れない人の背を押せる存在になりたいという夏夜の誓いの言の様にも自分は思えてなりません。

 

 

 

 

岡本未夕の"新章"

 

 

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グループのムードメーカーの役割を担うコメディリリーフ的な未夕。
新章でもその役割はきっちりと受け継いでおり、それが顕著に表れていたのが12話においてのツアーファイナルの会場がまだ決まらず気乗りしないメンバーに激を入れる場面での描写でしょう。
私達(WUG)を見て復帰したなまはげーずに、こんな意気消沈した今のWUGを見たら笑われると一喝します。かなり強い語気で彼女が熱弁を振るうのは珍しくもありますが、でもそれこそが未夕の成長の証でもある様に思えます。全国ネットのトークバラエティに菜々美と共に出演したが出演箇所はカットされてしまい、更には共演したI-1の相沢菜野花との差を見せ付けられてしまった。
丹下社長曰くバラエティの商品としてのレベルに達していないと指摘される始末…全国区のバラエティ番組で苦闘したのは今回だけじゃなかった。東京進出した時もそうだった。
勿論これは未夕と菜々美だけの問題ではなく彼女達もその課題は痛感しており、克服に取り組んでいた筈だったがまだ時期尚早だったのでしょう。

思い悩む未夕を焚き付ける機となったのが、共同生活で同室の夏夜の存在でした。
間近で本気で変わろうとしている人間がいれば自分も刺激される。
未夕が起こした行動は、トークスキルを鍛える為に動画配信番組を立ち上げることにしました。自分の好きな事をひたすらに語り尚且つ視聴者の評価をコメントでもらえる。
自分に決定打が無いという弱点は未夕自身理解していたが、それを克服していく具体案を何としても見つけようとする負けん気や行動力が今までの未夕に欠けていたと思われます。
この動画配信のアイデアは未夕が自分で立案し松田さんを説き伏せて実現させました。


上述に書いた様に活動を再開したなまはげーずとの再会が未夕のターニングポイントとなります。彼女達に刺激を受け自身の配信番組に招待する。
これが切っ掛けとなり、全国各地のアイドルを巻き込んだ一大企画『Wake Up,Idols!』を提案し率先して各地のアイドルを企画に巻き込むことでVドルへの反撃の狼煙を上げる。
当初は彼女が自身の弱点克服の為だけに立ち上げた配信番組という小さな種だった。でも、その小さな種が芽吹き様々な想いの花が咲き誇り繋がっていった…
繋がる切っ掛けとなった"種"を蒔き、芽吹かせ花を咲かせた未夕は紛れも無い"主役"と称しても良いと自分は思えます。

 

 

 


久海菜々美の"新章"

 

 

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幼少期からの夢だった光塚歌劇団への想いを断ち切り、アイドルを極めると豪語する菜々美。
周囲が自らの枠を壊そうとそれぞれが模索する中、彼女は歌に携わる仕事にその活路を見い出します。丹下社長にその旨を伝えるとミュージカルのオーディションがある事を告げられる。
だが、菜々美は乗り気ではありませんでした。ミュージカル=光塚への想いを断ち切ってアイドルに懸ける確固たる決意が菜々美の中にあったからと思います。
丹下社長が言い放った言葉の真意だと思われるアイドルだからという枠に囚われず自分の思う道をひたすらに突き進めという事を汲み取ってオーディションに挑んだ。
道は一つじゃなく過去は無意味なモノじゃない。菜々美の過去を否定してしまったら彼女が夢に向かってこれまでに重ねた努力までも否定してしまい今の菜々美の存在をも否定してしまうと思えるのではないでしょうか。想いを抱き続ける事は決してマイナスの要因には成り得ない。自分を信じる力は努力を重ねた力に比例して菜々美が過去を肯定する事に繋がっていく。
結果は落選してしまいますが、演じる事と歌う事の楽しさを呼び起こし何時の刻かまたミュージカルへの道を挑む事を固く誓いました。
落選したものの菜々美の表情は何かを吹っ切った清々しい笑顔で満ちていました。


彼女を語る上で欠かす事の出来ない要素が、片山実波との関係でしょう。
年齢が近い事もあり、更にはウマが合うのか一緒に行動している描写がこの二人は多い。ですがその関係性にある変化が訪れました。
契機となったのは菜々美が歌のお姉さんのオーディションに合格した後の話。元気いっぱいの子供達に翻弄されまくるなど仕事面の苦労を実波にこぼし、実波が菜々美を慮ったつもりで言った『楽しそう』という言葉がストレスによる心的余裕が欠けていた菜々美の逆鱗に触れてしまいました。
勿論、実波に悪意は無いが(あったらあったで大変な事態だが……)言葉というモノは時として凶器にも成り得てしまう。しかしこの時の菜々美にそれを冷静に受け止められる余裕はなく、実波の食レポに対して
『食べてるだけで仕事になるなんて気楽で良い』と彼女も言葉の凶器を実波に放ってしまった。互いに言われたくない事はあって悪意は無くとも拗れてしまう事となる。
完全に非があるのは菜々美の方です。おそらく本格的な喧嘩をしたのはこの件が初めてなんじゃないかと思えます。仲間でもあるしライバルでもある存在。これまでとは違っていて今は共同生活をして密が増している状況で衝突が起きない方が不思議な話である。いずれは真夢と佳乃の様にぶつかり合う刻が必ず菜々美と実波にも訪れる。この衝突でこの二人の関係がぶっ壊れたらその程度の関係だった。
結果として、二人は互いに慮り合い仲直りして周囲を安心させつつも呆れさせていたが…菜々美にとって実波の存在は掛け替えの無い戦友でありライバルでもあると思えます。

 

 

 

片山実波の"新章"

 

 

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実波と言えば『食いしん坊』キャラであるというのは今更俺がこの場にて改めて書く事ではない。
彼女は東北の震災で被災し住んでいた家を失い避難生活を経て石巻仮設住宅に住んでいます。
実波が拘る『食』というのは『生きる』事と直結した行為です。避難生活では制限された食生活を送っていたでしょうから、実波にとって食という行為は生きている事を実感するとも考えられます。
一期の8話で実波は冷めてしまったパンケーキに対して『冷たくなってかわいそう』と嘆いていました。その食物が美味しく食べられる最高の状態できちんと食べてやる事が彼女なりの食への最大の敬意であり感謝の念と実波の生きがいである様に俺は思えてなりません。

で、引き続き新章でも実波は食レポの仕事に励みますが、伝家の宝刀である『うんめぇ~にゃ!』のインパクトが弱い事を共演者に指摘されてしまいます。
そんな彼女も枠を壊す為に辿り着いた答えが歌も大切だと考え、食べた感想をこぶしを利かせた民謡調で歌い上げ、最後に『うんめぇ~にゃ!』で締める新境地に開眼しベテランぞろいの共演者を感嘆させました。

新章での実波の描写で自分が腑に落ちないというか疑問が浮かんでしまうのが、12話でのツアーファイナルの会場に決まった仙台空港の敷地に赴いた実波の『何にも無いね~』という台詞でした。
この後に何か前向きな台詞を言うのかと思いましたが特にはなかった…辛い事があったとしてもあの時その辛い事を乗り越えられた自分がいると…続・劇場版の台詞にあった心根の強さを感じさせる言を言った彼女が何も言わなかった事の違和感がどうしても拭えないのです。その後で真夢が『何も無いから自由に出来る』と続けはしましたが、自分としては実波がこの様な旨の台詞を言って欲しかった様に思います。

 

 

 

 

島田真夢の"新章"

 

 

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真夢の新章での物語の核となるキーワードは『過去』であると思えます。
その高いレベルと元I-1センターと言う経歴が逆にソロでの活動を難しくしており、丹下社長も売り込みに苦慮している様子が描かれました。
真夢の脱退の真相を知らない存在が圧倒的に多いので『島田真夢』の存在は諸刃の刃でもあるワケです。真夢自身は吹っ切れているが背負ってしまった"呪縛"は彼女の『枷』になってしまっていたのです。
ようやく訪れた飛躍の刻は意外な形で真夢に訪れました。それは最大の宿敵である岩崎志保とのドラマ共演でした。収録を経て行く内に二人は役にどんどんのめり込んでいき、それは互いに抜け落ちてしまった刻を補完していく"儀式"の様にも思えなくも無い。彼女達にオファーしたプロデューサー曰く最初は話題作りとしてしか見なしていなかったが、真夢達の演技に魅せられ評価を改める事となり彼女達にオファーして正解だったと真夢達を高評価しました。元I-1の島田真夢としてはなく、一人の表現者としての島田真夢として起用側の求めた期待値以上の成果で見事に応えた
正当で最高の評価を貰えた事は真夢の『闘い』が報われた瞬間だったと思えます。



I-1の博多シアター閉鎖に伴う形で所属する『ネクストストーム』が解散すると知った真夢はI-1のメンバーとしての誇りとネクストストームの絆の板挟みで思い悩む岩崎志保の心情に触れます。
WUGの全国ツアーが迫る中、彼女にかまけている暇はハッキリ言って無いが今の志保にかつて味方が誰もいないで孤立していたI-1時代の真夢自身の姿を重ねてしまいます。
そして…少しでも迷いがあるなら考えろと志保に言葉をかけます。それは真夢が迷う事すら許されなかったという経験から来るものであり何とか状況を打破しようと真夢は動きます。白木徹に直談判の機を得る為に。
情を重んじる真夢の信念と情を捨て去り役割を全うする白木さんの信念は相容れる事は無い。勿論説得は失敗に終わった。おそらく真夢も白木さんも志保の件はどうにもならない事は互いに分かっていた様に思えます。ですが、僅かな可能性を信じていた様にも思え互いに動いたのではとも思えます。

 

これまで出会った大事な人達、色んな気持ちをくれた人達、遠くにいても繋がってる人たち、

誰かを照らす光になれるなんて、もっと、ずっと先の事だと思ってた

でも、本当は、いつだって、お互い照らし合って進んで来たんだ


島田真夢の『真』なる『夢』…白木徹が信じているモノ、早坂相が信じる人の可能性
表現はそれぞれに違うモノだが、その根幹を成す要素は『人の心の光』である様に思えます。

 

ひと粒の瞬きがボクを導いてく ココロから憧れた世界 満天の星空になる日まで


Wake Up,Girls!Polaris』より引用


ここのソロパートは島田真夢=吉岡茉祐さんが歌っている。
ひと粒の瞬きと~満点の星空が自分には『人の心の光』の比喩である様に思えてなりません。

 

 

 


繋がる心の光と限界を超えた者達

 

 

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仙台公演で最後の楽曲『Polaris』を披露している際に降雪による音響トラブルに見舞われ徐々に届かなくなる七人の歌声。
その窮地に際し七人は互いに視線を交わし想いを一つに統一し…


そして……七人は一斉に、ステージから客席へと飛び立つ!!!!!!!


一人でも多くの人へ届けたい本気の想い、絶対に諦めない魂の強さ…無尽蔵に湧き立つエネルギーが…七人の意識が繋ぎ一つになり本能が彼女達を跳ばせた。


『何度転んでももう諦めない。迷わない。みんなと一緒なら、きっと明るい方へ歩いて行けるから』


『自分の可能性』を信じて『未来』に向けてそれだけを『信じて』、ひたすらに真っ直ぐに、がむしゃらに生きていくしかない。
Wake Up,Girls!の七人だけじゃない。I-1clubが…ネクストストームが…Run Girls,Run!が…マキナXが…丹下社長と松田さんが…大田組の面々や…早坂さんに白木さん。誰もがそれぞれの闘い方でこの刻を生きている。誰の心にも宿っている心の光を信じて輝かせる為のように自分は思えるのであります。

 

 

 

 


と、いう事で独自考察『Wake Up,Girls!』編でした。
そして…異端者によるWake Up,Girls!新章独自考察シリーズも終了となります。

 


毎度の暴論による、乱文でしたが最後まで読んで下さってありがとうございました。

 

 

 

 







 

異端者による 『Wake Up,Girls!新章』独自考察【人物編6~白木徹編】

今回の記事を書き殴るのにあたって、予めお断り致しますが…
人物編の独自考察でありながら今回は考察にならない可能性が多分にあります。

(いつもの事じゃねぇかという指摘はごもっともですがww)

前回記事に書いた早坂さんと同様に、今回扱う白木徹という男もまたWUGの物語における『ブラックボックス』と称していい存在だからであります。
物語を経ていくごとに深みを増していく彼の魅力を自分の解釈で紐解いていきたいと思う。

 


 

 

"情"深いが故の"非情"と揺るがない"信念"

 


白木徹という人物を一言で称するなら『非情』という語句が最適で最も相応しいと思える。
『人間である前にアイドルである』と言う信念を持ち、そこに個の人間としての感情は不要とされ、そして、軍隊の様な強固な戒律でグループを束ねている。それに従えない者は例え優秀な者でも容赦なく斬り捨てる事の出来る非情さを持ち、I-1センターであった島田真夢も例外ではありませんでした。I-1メンバーに個の人間としての感情を捨て去る事を課すとともに彼自身も冷徹な佇まいを見せる。
しかし、彼の過去を知る丹下さんからは、アイドル好きというだけでさしたるとりえがない男だが情熱は並ならぬモノがあったと称されており、昔の彼は非情・冷徹一辺倒という人物ではなかったとも言えます。


そして、白木さんの信念の根幹を成していると思われるのはアイドルとエンターテイメントショーの持つ力の可能性と強さではないでしょうか。
I-1のCDセールスミリオン記録が途切れた時には普段の冷静さをかなぐり捨てて激昂し奮起を訴えるなど激情的な面を覗かせた。おそらくこの時に覗かせた彼の激情=情熱が彼本来の性質なのかと思える。
彼が旧章の最終話で描かれたアイドルの祭典のスピーチで語っていた彼なりのエンターテイメントショーの真髄……普通は、平穏な刻にショーを開催する考えが一般論でしょうが、白木さんが信じているのは平穏の象徴であるエンターテイメントショーを如何なる事があっても続け、途絶えさせない事で人々に希望を与える。
そのエンターテイメントショーを支えるとされるのが希望の象徴となるアイドルの存在。彼の中においては最も神聖で尊い存在である事を頑なに追い求めている様に思えるのです。I-1clubが最も大事な存在なのは改めて書く事ではないが、白木さんはアイドルという存在自体にその希望の光を見出していてどのアイドルも大好きなのではないでしょうか。
アイドルの祭典を催したのもI-1のライバルと成り得る存在を見い出すだけじゃなく、それぞれのアイドルが最も輝ける想いと魂を解き放てる闘いのステージを設けてやる事が白木さんの秘められていた想いだったのではと自分は思えてならないのであります。


で…コレはどうなのかとも思えなくないが、俺の中で彼を紐解くのに重要な要素でもあるので書かせてもらう。
I-1のメンバーは大人数で構成されているので統括する意味合いもあるのだろうがメンバーに番号が各自振り分けられている。白木さんが個人で会う際はどう呼称しているのかは不明ですがメンバーの名前では呼んでいないんですよね。私見の域ですが、人数が多すぎるのも要因だがおそらくは彼は全員の名をきっちりと覚えている。それでもあえて呼ばないのは白木さんの中での線引きもある。
だが、俺が勝手に思っているのは、普段から名前で呼ぶと"情"が移ってしまうと…白木さんは思っているのかもしれない。

かつて彼のプロデュースした『セイント40』に所属していた丹下さん曰く『当時の自分達は我侭にやり過ぎた』と白木さんとの対話で語った。白木さんもまた大事に保管していたアイドル時代の写真を渡し、終焉の花道を用意できなかった事を詫びWUGへの助言を与えた。だが……現在の白木さんは昔のやり方では売れ続ける事は出来ないと考え"情"を圧し込め徹底的に管理・統制する"非情"の軌跡を歩む。
だが、かつて叛意を翻した真夢に一対一で会う為に僅かだが時間を割いたり、上述での丹下さんとの対話での接し方。そして最たるのがI-1を去る決断を下した岩崎志保にネクストストームの全権を餞別代りとして与えた事。彼女に対しては博多シアター閉鎖の件での身の振り方を考えさせる猶予の刻を与えている。
白木さんは"情"を圧し込め数多のモノを犠牲にして来たが、自分と関わりあった人達との『縁』は捨てきれずに大事に彼の心の奥底に潜ませているのではないだろうか。

 

 

 

相容れる事の無い二つの信念

 

 

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彼を語っていくにあたり、避けてはいけない人物である"彼女"島田真夢の存在。
劇中にてWUGの存在がI-1に知れ渡った頃、WUGを過小評価しなかった人物が二人いました。(あくまでも俺の勝手な見立てだが…)一人は真夢の最大の宿敵である岩崎志保。そしてもう一人が白木徹。
二人がそう感じたのは真夢がWUGに在籍している事。ただそれだけですが間近で競い合い研鑽して来たからこそ志保は感じた真夢の強さを誰よりも痛感している。
長い事エンターテイメントの業界に身を置いていた白木さんにとって真夢の存在というのはおそらく彼の抱き追い求めていた"理想のアイドル"そのものであったと思います。そして彼はI-1のセンターという重責を彼女に託した。彼女ならI-1を遥か高みへと導ける者と信じて。袂を分かつ形にはなったが、未だに白木さんの中における"真のセンター"="理想のアイドル"と称するに相応しいのは島田真夢唯一人なのでしょう。
ですが、彼の抱いている個の感情を排斥し役割(アイドル)を全うすべきという信念と、真夢の抱いている個の感情を重んじながらも役割(アイドル)を全うする信念は互いに歩み寄る事はなかった。
どちらの信念も正解じゃないが間違いでもない。かつては白木さんも真夢と同様な信念を抱いていたと思われます。だがその信念では売れ続ける事は叶わず誰も幸せにはなれなかった。
白木さんも真夢も見ているモノ=人の心の光を信じる事は同じ事の様に自分は思います。やり方や歩む軌跡は違えども互いに自分の信じた信念を貫く。
相容れない存在は即座に斬り捨ててきた白木さんだが、島田真夢という存在に対してはそうシンプルに割り切れない特別無二な感情が渦巻いて、もしかすると違えた軌跡が再び交わる刻≒真夢と同じ軌跡を歩む刻を彼は心の片隅で信じているのではないだろうかと思えなくもない。

 

 

 

人の心の光が見せた"答え"

 

 

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長期的な人気低落傾向をなかなか食い止められず、地方シアターの閉鎖・統合と言った施策を進めている。それは人材面においても断行されました。
メンバーを束ねるキャプテンを黎明期より務めていた近藤麻衣を外して後任に吉川愛を据えた。そして、博多から岩崎志保を急遽招集して新たな選抜メンバーを軸としたユニットを結成し時勢の波の舵取りを目指した。
そんな折、彼の後ろ盾となっていた『達磨の翁』(この表記は俺が勝手に付けたものです)がマキナXへの出資している事を白木さんは知ります。
更には、I-1の東京ドーム公演で新ユニットのセンターが決定する流れとなりましたが、そのプレゼンターにマキナXの出演も『達磨の翁』の意向によって告げられる。
勿論コレは自分の庭を土足にて荒らし回るあってはならない行為。当然ながら白木さんの腸は煮えくり返っているでしょうが迂闊に叛意を示す事も出来ない。
彼が唯一の望み≒叛意の狼煙としたのは…早坂さんから提案された"ちょっとした悪戯"の提案だったのではないでしょうか。WUGが発起し呼応し決起して各地のアイドルが繋がったWake Up, Idols!は人々に心の光を灯す。白木さんがアイドルの祭典を立ち上げた理念だと思われるアイドル達の想いと魂を解放した闘いの場がクリスマスイブの刻で再現された。
その模様は東京ドームのI-1も同様で映し出されたWUG、ネクストストーム、なまはげーず……各地のアイドル達が『Polaris』を合唱する姿を見て、絶望の淵に立たされた鈴木萌歌に『心の光』を灯させた。
あってはならないアクシデント≒悪戯だが、白木さんは失った王座を取り戻す闘いに挑む"答え"としてアイドルの祭典を復活させる事を宣言しました。
それは、時勢の波に容易く呑み込まれない確固たる希望の象徴である存在を勝ち取る戦いであり、エンターテイメントに寄り添う理想のアイドルであり続ける事でもあると思います。
自らの信念とは相容れなかった存在の真夢が彼に見せた『心の光』が白木さんにこの決意を導かせたと自分は思えてなりません。

 

 

 

 と、言う事で……WUG新章人物独自考察白木徹編でした。

当然ながら、この記事で彼の全てを書ききったとは言えないですが…単なる冷淡で非情な人物ではなく、情が深い情熱的な人間くさい人物である様に思えなくもありません。
アイドル達だけでなく回りの大人達にも焦点を当て決して万能ではない大人の生々しい描写は、Wake Up,Girls!の物語にまた魅力を加味させる要素だと思います。


さて…グダグダと続けてまいりましたWUG新章独自考察シリーズも次回で最終回。
Wake Up,Girls!』七人の新章の物語です。
七人の個性=7 Sensesが新章での彼女達の物語を紐解いていくキーワードであると思えます。
その辺りの考察をきっちり書き殴ればと思っておりますので、次回も読んで下されれば幸いであります。

 

今回も暴論による駄文を最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

異端者による 『Wake Up,Girls!新章』独自考察【人物編5~早坂相編】

 絶賛放置状態になっておる、異端者による『Wake Up,Girls!新章』独自考察シリーズ。
当初の予定では、昨年末にギリギリ全部書き上げれる見積もりだったのですが、予想外の出来事が色々重なってそれに関しての記事を書いてしまって現在、この有様であります……
そして、この独自考察シリーズもそろそろクライマックス。残り二回でラストを迎える事となります。


今回取り上げる人物は、WUGの物語におけるブラックボックス的な存在と自分が思っている人物である、早坂相。彼の根幹を成すモノや彼の『新章』の物語を色々と考えてみたいと思います。

毎度の如く個人の思考に過ぎませんが、ぜひお時間が許せばお付き合い頂ければ幸いです。

 

 


トリックスターが抱いた未知の存在への興味

 

 

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様々な意味のあるこの語句ですが、その中の一つの意味としてある『物語を引っ掻き回す役割』という捉え方をした際に自分の勝手な印象ですがこの"トリックスター"という語句が相応しいと思った次第であります。それを踏まえて彼の人となりと物語との関わり方を紐解いていこうと思う。


彼の行動理念というか一つの指針となっているのが、自身が面白いと感じ刺激を受ける存在に関わる事。I-1お抱えのサウンドプロデューサとしてI-1隆盛の礎を築くがもうインスパイアされるモノは無いと言い放ち
仙台で見たWUGに興味を抱き条件付き(WUGへの全権を自分に預ける=口出しさせない)で無償で彼女らのプロデュースを提案。彼にとって、強者≒I-1が当たり前に勝つ世界というのは面白くはなく刺激が無い。
おそらくはこのままの状況が続くのなら自分が腐っていく≒慣習化されてただ楽曲を創るだけの存在になってしまう事を思っていたのかもしれない。そんな時に訪れた仙台で見たWUGの荒削りで未完成なモノに何か惹かれるモノを直感的に感じ取ったのだろう。
その物語を引っ掻き回す役割だが、彼が林田藍里の表現者としての意識の薄さと技量不足による脱退勧告をし、他のメンバーにも藍里を斬り捨てるか全員解雇されるかの選択を迫った。
意識の薄さや技量が劣る者を即座に斬り捨てる手法はI-1が行っているやり方である。枠が自分で見えないうちは壊す事が出来ない。早坂さんは自分は石を投じただけと言っていた。外から枠を壊す役を彼が請け負い彼女達がI-1と同じ道を選択するのか?逆に藍里を生かす選択をとるのか?結果として彼女達は藍里を連れ戻す選択をしたわけだが、もし残りの六人が藍里をあっさりと斬る選択をしていたら早坂さんはメンバーをクビにせずにWUGのプロデュースから身を退いたのでは…と暴論の域ではありますが自分には思えてならないのです。

 

何故なら…誰かを斬り捨てるという決断は、早坂さんの傷であり未だ癒えていない傷痕ではないだろうかと……

 

 

 

傷と傷痕に向き合う独りの男

 

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新章では早坂さんの過去が明らかになりました。若かりし頃『Task'ill』というバンドに所属していて人気もあったが1stアルバムが発売中止となり電撃解散したと作中では描写されている。
推測の域だが、メンバーの書いた歌詞を破り捨てる場面があった事から彼の求めているモノに対してメンバーが成果として応えられなかった。勿論それだけの問題ではないだろうしそこ(解散)に至るまでに様々な要因が積み重なったのでしょうが……『用済み』と言い放ち結論としては早坂さんの方からメンバーを斬り捨てる選択を当時決断したのでしょう。
ですが、それは早坂さんが負った傷であり未だ癒えていない傷痕となって彼の中で疼いておりました。
元々の彼の性質がどうだったのかは伺い知る所ではないのですが、何でも高い次元でこなせてしまえる事から彼は他人をあまり信用していない節が見受けられる。
『Task'ill』の全ての楽曲もおそらく早坂さんが作詞と作曲を手掛けていたのでしょう。ですがアルバムをリリースするにあたって作詞をメンバーに託した。早坂さんにとってこの決断は変わろうとする想いを秘めたモノだったのではないかと思えたのですが…結果として上述に書いた彼の思うようなモノが出来上がらなかった。愛想を尽かしたというよりは自分とは同じ軌跡を今後歩めない悲哀の念の方が強い様に思えるのであります。

 

 

人を超えた者と人で在り続ける者に見た可能性

 

早坂さんの新章の物語とは、完璧な存在の象徴として描かれたマキナXと不完全な存在の象徴であるWake Up,Girls!との対極な存在への関わり合い。
I-1とはまた違う完璧な次世代のアイドルであるマキナXへの楽曲提供。人ならざる者と自分の楽曲がどの様な状態変化をもたらすのか?単純にマキナXの存在は早坂さんの好奇心を擽り刺激を受けたのは間違いないと思えます。楽曲が完成しマキナが歌い踊り最先端のテクノロジーと稀代の天才が創った楽曲に多くの人々が酔いしれ熱狂した。依頼主であるハインライン社もパーフェクトと絶賛するが
当の早坂さんは自分の想像を超える成果をマキナXからは得られなかった。言い変えるなら可能性≒心の光が見出せなかった様に思えます。
そしてほぼ同時期にグリーンリーヴスより、WUGの1stアルバムに楽曲提供依頼のオファーが舞い込んできます。(I-1からも依頼されていたがあちらの方は完全にスルーしていた様だ…)
彼の中ではその頃マキナXの方に興味を惹かれていたのか、WUGへの楽曲提供は乗り気ではなかったようですが…楽曲のデータを送信しある言伝をしました。
歌詞はWUGの七人が書く事。そして万が一、曲に相応しい詞が書けたならこの楽曲は好きにしていいと。
自分の楽曲に他人の手が関わる事を彼はあの日『Task'ill』終焉の刻から拒んでいた。WUGに作詞を委ねたのはもう一度何かを変えたい想いと覚悟、彼にとっての未知の領域への挑戦である様に思えてならない。
彼女達は書いた詞を何度も突っ返されながらも諦める事無く詞を書き続け彼に送り続けた。早坂さん自身もWUGならば自身の求めているモノを示してくれるだろうという期待があったのかもしれない。
結果、彼女達は早坂さんの納得出来る歌詞を書く事が出来て『Polaris』が完成した。

 

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及第点とは言っていたが、この時の早坂さんの何かを乗り越えた様な微笑みがまた何とも言えず良い。

 

 


信じていたのは人の可能性と心の光

 

『ただし人間の場合、一進一退して思惑通りには動かない。なのに彼女達は時に軽々とこちらの予想を超えてゆく。そこがたまらなく面白いとは思いませんか?』


最終話、白木さんとの対話での早坂さんの台詞。ここに彼の信じているモノと改めて気付かされたモノである『人の心の光』について語られていると自分は解釈しました。
窮地や限界を超えた時に発揮される予測不能な人間の底力。与えられた役割を完璧に近い高度なレベルでこなす事は出来るが
計算や予測では計る事の出来ない未知の可能性はテクノロジーにより造られたVドルには到達出来ない領域。
決着と時代を創っていくのは自分や白木さんでもなければ、達磨の翁やハインライン社でもない。現場にて本気の想いと魂を懸けて闘う者達が時代を動かしそれが歴史となると説く。
Polaris』を合唱する光景を回線に介入し白木さんに見せたのは彼が何かに囚われた現状を打破する切っ掛けと成り得るモノを掴み取って欲しかったのではないかと思えなくも無い。

 

『だってボクは君を照らすPolaris

 

WUGにとっての導きの光であった早坂さんの存在。でも、彼にとってWUGの存在もまた導きの光であったのではないだろうか。
そんな楽曲のメッセージと、WUGと早坂さんの関わり合いは決して無関係では無いと思うのです。

 

 

 

と、言う事で……独自考察・早坂相編でした。

正直、考察しきれたとは言い難いモノではありますが…現状ではコレが自分が書き殴れる限界領域であります。
彼の真意が今後余す所なく描かれる機があるのか、はたまた色々な解釈をさせようとあえて描ききらないのかは分かりません。
飄々として掴み所がなくしたたかであるが、それだけではなく一方では人の可能性を純然に信じている。その部分が人間味溢れていて魅力的な人物なのです。
自分が感じた魅力を上手く伝えられたかは分かりませんけども……

 

今回も暴論・妄想の駄文を読んで下さりありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

挑み、出し尽くそうとする者の真愛の情と感謝の念と生き様。

 1月5日。Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - 熊本昼公演の感想を散見した直後でこのBlog記事を書いておる。
彼女、青山吉能にとって、この熊本の地は故郷というだけじゃなくもう一つの『約束の地』
そして…この地で錦を飾る事が青山吉能にとっての『約束の刻』だった。2ndツアー~4thツアーにも九州(福岡)での公演はあったが、この熊本での公演は何時叶うのかと待ち望んでいる声は本当に多かっただろう。

ファイナルツアーの最終シリーズとなったKADODEでようやくその刻が実現した。
遅筆なのは毎度の事だが、今回は更に筆の進みが悪い。これも彼女達があの地で魅せた演目が俺の魂に強烈な『楔』を撃ち込んだからだろう。
だが、今しか湧いて来ないフレッシュな感情を忘れ去る前に何としても書き留めなくてはならない。

俺はこの公演の参戦が叶わなかった者であるが、それでも書きたいんだ。
不器用だけれど誰よりも懸命で直向きな彼女のこれまでの生き様と、全力を出し尽し限界を超え挑み続けた本気の想いと魂が繋いだ物語を。
で、参戦してない奴がどんなモノを書くのか?もし興味がありましたら読んで欲しい。



 

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HOME・熊本という約束の地と凱旋公演という刻で咲き誇った"花"

 

このファイナルツアーの特色としてあるのが、メンバーの縁深い開催地での企画コーナーだ。その詳細は省略させてもらうが、熊本公演で歌われたこの楽曲が俺に筆を執らせた最大の要因だったと言える。

 


その楽曲は、青山吉能さんのソロ楽曲『わたしの樹』

 



わたしの樹/青山吉能(ソロでイベント、やらせてください!2017)

 


自分の勝手な持論で恐縮だが、楽曲の出し所というモノは最適な場や刻がある。この楽曲は2017年に開催されたWUGメンバーのソロイベントの際に生まれた彼女の望郷の想いと縁深い人達への感謝
そして、青山吉能の覚悟と決意を示した尊くあり途轍もなく重い…


青山吉能にしか歌えない青山吉能の為の楽曲。


俺ごときが青山吉能さんの楽曲に想いを馳せる真意を慮るのは
大変おこがましい話であるが…
彼女はずっと思い描いていたはずです。この熊本の地で『わたしの樹』を歌う刻を。

かつて、その地に住んでいる事と自身の置かれていた立場によって幾つかの雄飛の機を手放さなくてはならず、その地を恨めしく思った事もあった…しかし、彼女は言った。熊本は大好きなわたしの故郷であり、自慢の誇れる故郷だと。だが…その誇らしき故郷は歴史に残る天災に見舞われてしまった。

当事者となった彼女だがその身は東京で夢を追いひたすらに日々を懸命に闘っていた。当事者でもあるが当事者でもない。その狭間で故郷への想いと、その反面何も出来ない無力感に苛まれる彼女。表現者として自身が出来る最良の形で故郷に必ず恩返しがしたいと願う。だが当事者の中には彼女の純然な想いは戯言や綺麗事と一蹴する負の感情に苛まれている人もいるのも負の真実として存在している。

だが、彼女は想い続ける事といずれ来るべき刻に備え準備し研鑽を怠らなかった。単純にWUGの一員として故郷に凱旋するというだけじゃなく、大切な誇らしい地と人々に心の光を灯す為なのだと。それは、表現者青山吉能が自らに課した『闘い』であるように思えてならなかった。

 

花の数ほどかなわぬとしても 誰かのために願う

贈りたいのは 願い事ひとつ しあわせでいてくれますように

たくさんじゃない ひとつでいいから

選んだ願い きっと 実らせていこう


青山吉能『わたしの樹』より引用

 

 

『わたしの樹』=一人の人間・青山吉能さん自身だと自分は勝手ながら解釈しています。
樹を成長させる糧とされるのは、彼女がこれまでに経験してきた事や影響を受けた様々なモノと『縁』。そして歌詞にある花という句は彼女の叶えたい夢。青山さんが表現者として叶えたい想いは沢山あるのでしょうが、青山さんが最も大切で尊くある想いが、この約束の地である故郷・熊本の想いと縁深い人達への幸せと感謝を願う事だと…

上述の歌詞は青山さんの真の願いと"真愛"の情が詰め込まれている様に思えて来てしまう。雌伏の刻を耐え忍び、雄飛の刻を迎え、青山吉能と六人の"絶唱"が熊本の地で満開の花を咲かせた。当事者でもあるが当事者ではないのかもしれないが決して他人事にはしなかった想いをこめて…歌というモノは誤魔化しのきかないモノ。想いだけじゃない、彼女のこれまで懸けて来た生き様が凝縮された生々しいモノ=血が通ったのではないだろうか…だからこそ心、魂を揺さ振られたと思える。


『わたしの樹』という楽曲披露に踏み切ってくれた事は参戦が叶わなかった者ではあるが胸に熱いモノが込み上げて感謝の念しか湧いて来なかった。

 

 

 


三者三様のカケル(駆ける・懸ける・翔ける)想い。

 

まさか妹分・Run Girls,Runのアンセムソング『カケル×カケル』を披露するとは思いもよらなかった。これについても書かせてもらいたい。
ユニット編成は、青山吉能さんと吉岡茉祐さんと山下七海さんのランガと同じく三人構成。

 

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この三人は関西以西の出身。WUGデビューして上京まで三人は飛行機で東京に通っていた。改めて楽曲の歌詞を読み解いていくと当時の三人の心情と見事にリンクしている。
この楽曲も青山さんが当時の自分の心情と境遇が重なり共感するとの事で歌いたいと希望しセットリストに組みこんだそうだ。

 

小さな存在だって ここから始める 

自分なりに決めたんだ ダッシュすることを

止まらない あきらめるほうが ずっと苦しいのなら

駆けるよ かける 駆けるんだ だってだって 追いかけたいんだ


―Run Girls,Run!『カケル×カケル』より引用

 

PARTⅢシリーズ・KADODEの初陣となる公演にかつての自分の境遇と重なるいう理由だけで俺は青山さんが『カケル×カケル』を歌う事を希望したとは思えない。
自分の勝手な青山さんへの印象だが、彼女は歌詞の世界観や物語のかなり深い所まで読み解き表現しようとされる人と思って見ている。

一人の表現者として自分がまだ弱い存在だと認め、その事実から逃げずに真摯に向き合って挑んでいく事。
これまでの闘い方は決して曲げずに己の信念を貫き原初の想いと魂を彼女のソウルプレイスである熊本にて再び目覚めさせる。上述の歌詞はWUGが終焉し、そこから新しい軌跡を行く為の懸けたい想いと決意表明として選曲した様に思えなくも無いのは、俺の脳ミソに花が咲いたおめでたい仕様になっておるのかもしれん。

 

 

 

 

100か。限界に挑み続けた者の矜持と想い

 

青山吉能さんの信念と称したら良いかは分かりませんが、全力を出し尽くせたか否か。ここまでとかこれ位で良しという中庸的な思考は彼女の中にはない。
今、この刻の瞬間を全力で闘えない者にいつかという挑める機が巡って来ない事を彼女は充分に理解してこれまでの軌跡を歩んで来た。

以前にも書いたが、偽りのない青山吉能としての本能を魅せ付ける事が彼女の闘い方であり矜持でもあるのでしょう。
彼女がこの刻にいままで備えて準備していた本気の想いと魂と演目が多くの人に心の光を灯せたのかは分からない。受け取り方というのは人それぞれで、演者のエゴを押し付けた劣悪な自己満足だと捉えられかねないある種の賭けでもある。
絶対にこの地で魅せたいという想いはあれども、受け入れられるかどうかという不安の方がおそらくは彼女の心中にはあった事でしょう。
『わたしの樹』が素晴らしい楽曲なのは言うまでもありませんが、この楽曲は一般には流通してないFC会員が購入できる2017年のソロイベントのパンフレットに同梱されたCDに収録されているモノ。ショートバージョンの音源に触れる機があるにせよ、WUGを最近知ってこの公演が初参戦となった方に響くかは未知の領域。

更に言えば、妹分ユニットRun Girls,Run!の『カケル×カケル』のカバーもそうだろう。楽曲が揃っているにも関わらず妹分のカバーソングを披露する事に嫌悪感を示される人があの場に居ないとは言い切れない。
それでも尚、青山さんを突き動かしたのは、勿論心に響かせたいという想いはあれどただ純粋にこれまでに抱き続けた感謝の念、上述に書いた偽りの無い本気の想いを魅せる事。やれるかどうかじゃない、やって全てを出し尽くすのみ。最強で無敵なユニットが最高のツアーをお届けしますと彼女はファイナルツアー開幕前に誓ってくれた。伝聞だがこの日の彼女の"絶唱"はまた更なる進化を遂げた素晴らしいモノだったそうだ。
先日、盛岡公演での奥野香耶さんは故郷に伝承され歌い継いで来た楽曲で望郷の念と感謝と深愛の情を表現した。

青山吉能さんもまた、自身の想いと望郷と感謝の想いを詰め込んだ彼女にしか歌う事の出来ない楽曲を演目に取り入れた……そんな七人の、参戦された皆さんの本気の想いと魂が…参戦しておらん俺を滾らせPCに向かわせこの駄文をひたすらに書き殴らせる。正直なところ参戦していない奴の記事なんざ需要がないし、リアリティなんてモノは皆無でただの自己満足なのも充分自覚している。それでも、伝聞でも何か感じ取れるモノがあって、それをどうにか記録として残し誰かに読んでもらいたい。WUGが確かに存在していた『証』として……

 

 


最後に。

 

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故郷・熊本での凱旋公演が貴女の最終到達点じゃない。またここから貴女の挑戦の旅が始まるのですね。そして…貴女がPARTⅠのパンフレットに綴った言葉。


『絶対に忘れない 忘れさせない!!』


貴女の直向きに限界に挑む姿、ちょっと空回りしてしまう姿、目を細めた屈託の無い笑顔、身震いさせられる凄みのある"魂の絶唱"……こんな魅力的で面白く魂を揺さ振られる方を忘れるわけが無い。いや…忘れられるわけがない存在です。青山さんの、六人の、参戦された方々の与えられたモノをそれぞれが返す刻…誰かの為に願い願われる互いに贈りたい願い。想いの相互循環が熊本の地と刻にて成されたと自分は思えてならない。


KADODE(門出)という刻とようやく叶った故郷・熊本での凱旋公演で、貴女の感謝と想いの詰まった『わたしの樹』を歌う事を決意してくれた事。参戦が叶わなかった者が言うのは筋違いではありますが…本当にありがとうございました。


そして、こんな駄文に最後までお付き合いいただいた皆様……
本当にありがとうございました。