
需要が全く無いってのは自覚しておりますが……本稿は、先月に無事リリースされたDayRe:の2ndEP『刹那的ロマンティック』に収録された全楽曲の所感を一纏めにした記事でございます。まあ、1stEP『ReFraction』の時もやっているのでコレもやっとかないとな…ということであります。
刹那的ロマンティック
2nd EP『刹那的ロマンティック』に収録されたリードトラックでタイトルチューン。
前作である1stEP『ReFraction』のリードトラック『プロトノイズ』の時と同じく、EPのリリース前に本曲のみがデジタルリリース形式でリリースされている。
前作のリリース前にも、収録楽曲のHighlight Medley(所謂、サビメドレー)がDayRe:の公式チャンネルにて公開されていたが、2ndEPの収録楽曲もリリース前にHighlight Medleyが公開された。
その時に本曲のサビのみを初聴したインプレッションは、DayRe:原初の楽曲『DeaRy Days!』を彷彿させる様な爽快感が主軸になるテイストなのかと感じさせた。奇を衒わない直球的な構成に仕上げた楽曲なのかとも思わせる。
で……リリースされてイントロから聴くと、まずは五人による「Woh oh oh oh…」のコーラスとクラップを模す様なメロディで本曲の幕は上がる。(MVでは五人が音に合わせる形でクラップする演出がある)この時点でのインプレッションも、サビのみを聴いた段階と同様でスタンダードなポップス系でサビに至るまでのテンションを徐々に盛り上げていく構成になるだろうと思い込んでいた。
しかし、Aメロに差し込まれた仕掛けで唖然とさせられた。「そう来るのか?!」と。
と、言ってもメロディ自体いきなり振り切っている変態性はないし、楽曲が纏っている雰囲気も極端な落差もない。意外性のフックになっていたのは、随所に散りばめられたラップパートだった。でも、ラップパート自体は珍しいモノでもない。1stEP収録の『Tiny Little Twinkle』でもラップパートは差し込まれていた。
ただ、本曲ではその箇所と長さが異彩を放つ。特に2番のAメロはラップパートが多く差し込まれていたのは本当に驚かされた。
Bメロからサビまでの繋ぎは、Aメロでの異彩さからは一変して、シンプルな爽快感のあるテイストで楽曲のテンションを最高潮へ持っていく。
サビの歌詞が示しているのは、いい意味で前向きに振り切れた潔さと踏み込む強い意志。その言葉のチカラを引き出していくのが五人の歌声。
彼女達の歌声からは、あらゆるしがらみから解放された様な解放感が宿る。あくまでも個人の勝手な印象でしかないが……いろいろな歌い方の出来る五人だが、一番得意というか持っているチカラを最大に発揮出来るのはこの感情を解き放った歌い方だと思っていて、五人の生き様と覚悟が漲ってて本当に素敵な部分。
中でも圧巻なのは、落ちサビの「終わらない春はここから」の箇所をソロで歌う相川奏多さんのロングトーン。何度も当Blogで言及している気はするが、彼女は声そのものが強い。力強さと晴々した伸びやかな歌声が、実に聴き心地が良くてたまらなく痺れるのだ。
本曲のテーマになっているのは、“永遠の青春”もしくは“終わらない青春”との事。
青春について一般的に多く挙がってくる解釈は、学生時代(中学生~大学生の期間)だと思われる。ただ、実際その解釈は曖昧なもので限定されてもいない。
人生で一度しか訪れないってワケじゃないし、若者だけの特権でもない。遅くなった青春や二度目の青春って例えもある。今、現実に生きている刻を全力で駆(懸)けて生きる事が現在進行形の“青春”なんだとリスナーの魂へ訴えかけているのだろう。
そしてその訴えかけは、本曲を歌う五人自身の魂にも向けていると思う。
もうじき、DayRe:はユニットデビューから一年の刻が経って、その先は新たな季節と軌跡が待っている。その未来の刻は面白いことや嬉しいことも起こるだろうが、様々な苦難も同時に起こり得る。そんな時、行き詰ったり何か大切なモノを置き去りにしてしまうかもしれない。
でも、そうなってしまった時……本曲が彼女達の支えとなり立ち上がって駆け出すチカラになる。誰かの駆け出すチカラになる楽曲という点で、本曲はDayRe:の新たな『アンセム』と言っても過言じゃない。そう感じさせるのは、五人の変わろうとする想い、未知の領域に踏み込む勇気と情熱が本曲にちゃんと血が流せた事の何よりの証だと思えてならないのだ。
ヒトリ狼
本曲のタイトルに銘打たれた『狼』が荒野を疾走している情景が浮かんで来る様な、エキサイティングでアグレッシブなイントロで幕を開ける。イントロの時点からもう『格好良い』系統の楽曲なんだろうなという予感を抱かせる。ジャンルで言うなら、デジタルロック調になるのか。(と、いうインプレッションで本稿を進める。)
格好良い系統の楽曲であり、全体通して疾走感満載のテンポ。所謂、(テンションが)アガれるテイストの楽曲ではあるが…単純にアガれるテイストに落ち着いていない様に感じられた。これらの要素よりも強烈に本曲から感じられたのは野性味溢れる無骨さ。それを出しているのが五人の歌声ではないかと。
メロディは洗練された格好良さを纏っている。だが、五人の歌声からは、メロディを忠実にそのままなぞって歌っていくのでなく、生の感情やら湧き上がってくる衝動を叩きつける様な歌い方をしていると感じた。そうしないとメロディの勢いに歌声が負けて埋没してしまうのだろうか。
そして、本曲は五人全員や複数でのユニゾンが一切無い。これまたタイトルに銘打たれた『ヒトリ』に関連しているのだろう。五人それぞれの『個』にクローズアップして惹き立たせていく狙いがあるのかなと。
その野性味やら無骨さのキモになっているのは、中・低音域での歌声かと思っている。俗に言われるパンチを効かせる的な歌い方。情念を宿すでもいい。スタイリッシュなメロディと彼女達の歌声のギャップがいい相乗効果をもたらして楽曲に深みが出てくる。サビではどうしても高音域が際立つが、それでも過度に張り上げて歌う形では無いのがまた良い。
楽曲タイトルの『ヒトリ狼』。別の言い方をすれば一匹狼とも捉えられる。ただ、本曲の世界観の基になっているのは人についての比喩としての一匹狼。集団の同調圧力に屈しない気高い姿勢に魅せられた者が『決意』『覚悟』を歌う『戦いの謳』。だとすれば…野性味のある歌い方をしているのは納得が出来る。(※あくまでも個人のインプレッションだが…)
歌詞を構成しているワードを見ていくと、攻撃へと全振りしたアグレッシブさが宿る。しかし、圧倒的な強さはまだないが…自分の弱さをちゃんと受け止めてどうにか抗おうとする強固な意志表示になっていく。弱いからと嘆いて何も動かないのでなく、弱いからこそ動き続けて戦うべきだというメッセージにも捉えられる。
その未来への戦い方は決してスマートでスタイリッシュじゃない。どんなに無様で不格好で傷だらけでも生き残って最後に勝利者として立つ。その決意と覚悟からは並ならない野心と意地が溢れている。この要素も彼女達の歌声に血を流していく大きな要因なのかもしれない。
歌詞に出てくる『僕』の決意と覚悟に触れてみると、どうしてもDayRe:の五人の生き様がオーバーラップして来る。特に、自分の弱さを認めて受け入れて戦う意志を貫こうとする姿勢は歌詞に添っている部分だと思う。
彼女達の見据える未来の軌跡は、真っ暗闇かもしれない。または、荒れ放題の荒野なのかは分からない。ただ、それでも……五人の双眸からはギラついた輝きを放って未知の領域へと踏み込んでいくのだろう。何故なら、彼女達はそうやって生きて来たから現在の刻があるのだ。
プラチナ
今作のEPのHighlight Medleyを聴いて、最もインパクトが強烈でフルサイズが聴ける事を熱望していた楽曲。で、そのインパクトを受けた要因は…
サビのみの段階でも、本曲の異質さが他の楽曲とは明らかに方向性とテイストが違いすぎたのだ……その異質さは、この2ndEPだけの範囲じゃなくてDayRe:楽曲全体に言えるものだった。
本曲のどんな要素に異質さを感じられたのか?それは、本曲のテイストがどうしようもなく儚くて切なさに溢れている悲歌・哀歌(エレジー)の要素を感じられて、DayRe:楽曲におけるエポックメイキングと言っても過言じゃないと思っておる。
本曲のテーマになっているのは、”恋”に気付けず後悔を抱えた切ない春の想いを、ピアノとシンセのサウンドで仕上げた楽曲との事。メロディ構成についての知識はからっきし無いが…とことんシンプルに組まれていて、ボーカルを際立たせて聴かせるぞという意識がある様に感じられる。
ボーカルを際立たせるという意識からか、五人のボーカルは力任せに行くのでなく、高音域を張り上げつつも行き過ぎない絶妙な塩梅で歌っていて、淀みが無く沁み渡っていく綺麗な歌声を響かせる。
この儚げでいて繊細なメロディを活かして、綺麗な歌声の主軸になっていると自分が感じたのが、宮沢小春さんと橘美來さん。あくまでも私見の域ではあるが……彼女達は五人の中でも高音域の歌声が映える人達だなと思っている。
※異論・反論は潔く受け付けます……
ただ、高音域が映えると言っても二人の歌声の質は違っている。儚げで透き通るという例えが相応しい宮沢さんの歌声。凛としてエネルギッシュな要素を纏う橘さんの歌声。高音域が映えるという系統は一緒だが、高音域の質は違っている。その彼女達を対にした歌割りが、切なく物悲しくも美しい楽曲への昇華に至る。
冒頭で本曲はどうしようもなく儚くて切ないテイストになっていると評した。
全体のテイストの真髄になっているのが歌詞が紡ぐ”恋”に気付けず後悔を抱えた者の物語。ざっくり言ってしまうと、この物語は失恋がテーマになっている。
失恋とシンプルに言っても、そのパターンは一つに限定されるものじゃない。あまりにも多彩すぎるので本稿では挙げないが……本曲の歌詞を読んでみると、主人公と思われる『私』は『君』とは恋人関係にまでは至っていないが気の置けない友人関係だろうか。
ところが、その関係は終焉を迎えてしまい途切れた。そうなって『私』は痛感したのだろう。『君』に対して抱いていたのは、友人としての愛情もありつつも恋心も抱いていた事に。
『私』と『君』は、近くに寄り添っている事が当たり前の域までなっていたと考えられる。双方共に大切な人ではあったのだろう。もしかすると、心の片隅に恋心はあったのかもしれないが、その気持ちは素直に伝えられない、そもそもどう伝えていいかが分からない、恥ずかしい、今更いう必要は無い、いつか伝えればいい……そんな想いをしまい込んで蓋を閉じた。
どういう経緯で『私』と『君』の関係が終焉を迎えるのか?それは2Bの歌詞「いつからか私たち違う道を進んでいたんだろう分からなくて」にヒントがある様に思える。ここの箇所だが、1Bとはテイストが異なり、メロディと歌っている相川さんの歌声が激しめの主張をしている。(ここ歌っているのは、多分相川さんだったと思う……)
その激しさは『私』が抱く過去の後悔なのだろう。互いの想いがすれ違っていた事を気付かなかったのか、あえてそれから向き合う事をしなかったのか?『~たら、~れば』が『私』の脳ミソを駆け巡って負の感情に囚われる事を徹底して描いていく。心情や距離がすれ違ってしまったか、いろいろな要因が重なって徹底的に拗れたか、詳細は分からんがもうどうにもできない所まで行きついてしまった。まあ、円満的な別れ方じゃないのは確定だろう…
『プラチナ』という本曲のタイトル。貴金属の名称であり、変色や変質しにくい特性から『永遠の愛』なんて石言葉があるそうな。また、希少な貴金属であるため貴重な物の比喩として使われる言葉でもある。
『私』が『君』に抱いていた好意は深愛の情だった。だが、それに気が付いた刻に『君』は傍にいなかったが……互いを思いやっていた刻は確かにあって何よりも貴重で尊い刻だったのだと。そんな想いを表現していく五人の綺麗な歌声がこのどうしようもなく切なく哀しい物語を美しく彩る。このアンビバレントな落差が魂へじんわりと沁み込んで来る。
『私』が過去と『君』の幻影に囚われてしまったのは、ただ素直な想いを言の葉に乗せて伝える事が出来なかった事による後悔の念。関係と距離が近すぎるが故に起きてしまった悲劇で、踏み込まなければいけなかった。伝えて拒絶されたら全部が壊れてしまう事を何よりも恐れた。
距離と関係が近く、それが当たり前の縁に身を置いていると、想いを言葉にして伝える大切さを隠してしまう。そして、伝えられずに大切な何かを失って負の感情に苛まれる…ある意味そいつは人の『性』であり『業』なのかもしれない。
ちなみに本曲は、失恋による囚われた負の感情を振り切って未来へ進もうなんて救いは無い。終始『私』が後悔に苛まれたどうしようもなく切なくて哀しい楽曲に仕上げている。ラスサビのフレーズはそんな本曲を最も象徴しているのではないだろうか。
今は頭の中痛んだ(一人の)
君の声と匂いが(坂道)
紙の上で滲む言葉
変われない私みたいなプラチナ
―DayRe:『プラチナ』より引用
『君』が傍にいない現在の刻を生きる『私』にとって、『君』の声と匂いの記憶は苦しいもの。いつだって救いの刻は突如訪れない。コレは刻が経ち徐々に解けていくのだろうか。前述した救いが無い事とは矛盾してしまうが……唯一の救いとなり得るのが「変われない私みたいなプラチナ」という歌詞。
『君』を想い生きて来た貴重な刻の記憶を魂に刻んで自問を繰り返すのか。このパートの歌声ははどこか力強さを感じさせる。ただ、それは明確に未来へ向かう為の答えではない。そこも含めてこの儚くて物悲しい楽曲が堪らなくて魂へ沁み込んでいくのだと思えてならないのだ。
クラキュラJump
本曲も『プラチナ』と同様に恋愛がテーマになっている楽曲ではあるが、その方向性や曲調は全然違ったモノで、恋に対するドキドキやハラハラした感情をジェットコースターのようなスリリング感とハイスピード感のある曲調になっている。恋愛の駆け引きとか変化を楽しむ感じか。
作曲と編曲を手掛けられた椿山日南子氏曰く、「可愛さと妖艶さとスリルを感じていただくため、ゴリッゴリにこだわり抜いて作らせていただきました」と力強く語っている。その三つの要素が複雑に絡み合っていって、急激な落差を曲中にもたらしているのだろう。
本曲は全体通してテンポの早い楽曲。コレは個人的な感覚だが、『Happy Bubble Party』と同じぐらいのテンポ感と早さでDayRe:楽曲全体でも早い部類の楽曲だと思う。ただ、全体のテイストは全然違っておるが……
始まりの「Jump in!」(×4)は、割と静かな歌い出しになっている。が、「Crazy jump now」の箇所で一気にテンションが跳ね上がっていく。さしずめ、段階はすっ飛ばしてLowからHighへという感じだろうか。そして、Aメロで一旦テンションは落ち着いていく。
どこか緊張感(ドキドキ&ハラハラ感)の漂うメロディと歌詞が、冒頭のわちゃわちゃとした盛り上がり方とのギャップが効いていて、フルサイズを初めて聴いた時はそのギャップに驚かされた。歌詞や歌い方も何かを探っているような慎重さみたいなものを感じさせ、湧き上がってくるポジティブな感情とネガティブ感情とのせめぎ合いを楽しんでるのだろうか。
ただ、そんな恐怖やら不安の感情を抱きつつも…未知の領域へのワクワク感が勝っていくように感じさせたサビで爆ぜるテンションの歌声は、言わずもがな本曲で最も盛り上がる箇所。ここの突き抜ける歌声は本当に気持ちがいい。
『刹那的ロマンティック』(楽曲の方)でも言及したが、五人が最も得意にしている歌い方は(あくまでも個人の印象だが…)感情を解き放った清廉な歌声を響かせるが、本曲ではその要素じゃなくて、キュートさを前面に出しているように聴こえる。で、スパイス的要素としてあざとさやしたたかさが加わって本曲に深みをもたらす。一つの要素に特化していないこともジェットコースターのような楽曲ということなのかもしれない。
そして、本曲のアピールポイントというか最大のキモになっているのが……LIVEで盛り上がれることを徹底的に意識して作られた楽曲。
英語の歌詞部分はシンガロングやらコール出来そうな感じだし、宮沢さんはサビでのJUMPポイントを彼女の個人『X』にてポストされていたりと…それ以外でもLIVE映えするだろうって要素をこれでもかというほどに盛り込んでおる。
まさに、徹底的に振り切った楽曲と称しても過言じゃない説得力が本曲から漲っている。
そして、その振り切った本曲はLIVEにおいて彼女達の心強くて強力な『武器』になっていくのだろうし、五人もその手応えを充分に感じている。
今はまだ、未知の可能性でしかないが…五人がこれからLIVEで謳い、観客と共に成長を遂げた刻で、DayRe:楽曲で一番LIVEで盛り上がれるのは『クラキュラJump』という声で溢れる未来が訪れるかもしれない。
Here We Run
本曲が2ndEPのLAST SONGとなる。
本曲の最重要アピールポイントとして挙げられるのは、DayRe:の直系の先輩ユニットである『TrySail』が大きく関わっている点にある。作詞は夏川椎菜さん。作曲を雨宮天さん。ダンスの振り付けは麻倉ももさんが担当されている。
本EPに収録されている各楽曲はどれも強くて素晴らしい楽曲だが、とりわけ本曲への期待値は最も高かったのではないだろうか。先輩ユニットが携わって作られた楽曲を後輩ユニットが謳うってのはエモーショナルの極致だろうから。
タイトル『Here We Run』の訳だが、Google大先生の翻訳によると『ここで私達は走る』だそうな。(合ってるかどうかは知らんwww)
歌詞の内容や疾走感溢れる明朗な曲調から、本曲の根幹になるテーマは翻訳通りの『走る』なのだと。
歌詞を綴られた夏川さん曰く、何かを変えたい、成し遂げたいと願う想いが強ければ強いほど、迫る刻へのプレッシャーに怖れや止まってしまうことに罪悪感を抱いてとにかく走り続けなきゃという強迫観念へと至ってしまう。
もちろん、走って動くのは大事。でも、それを続けなくては何の意味もないし独りではそれは困難だ。だから支えてくれる仲間だったり応援して背中を押す人の存在が重要。コレは、夏川さん自身がこれまでの軌跡で得られた実体験からの偽り無い言葉と想い。
夏川さんの想いを汲んで歌詞を読んでいくと、焦燥感や不安といったネガティブな要素と、変わりたい覚悟や寄り添う仲間との縁と絆というポジティブな要素への転換が見事に綴られている。
その経験をユニットを結成してもうすぐ一周年を迎える後輩達へ伝えたかった。だからこそ彼女の綴られた歌詞には力が漲って熱い血が流れているのだろう。
で、曲調の方だが、本EPで掲げられているテーマが『永遠の青春』『青春葛藤ソング』。そのテーマに沿っていく形で、疾走感溢れたまさに青春ソングの正道を往く感じの清々しさ満載なポップスへ雨宮さんは仕上げていて“TrySail感を意識させる”アレンジをお願いしたとのこと。この“TrySail感を意識させる”というのも本曲の重要なキモになっていく。(コレについての解釈は後述する)
メロディの主軸になっているのは、明朗快活なポップさと疾走感。で、その疾走感の中にそこはかとない焦りや不安の影も感じられるのが絶妙でいて思わず唸ってしまった。
そして、ダンスの振り付けを担当された麻倉さんは、LIVEの際にみんなで一緒に踊れる楽曲で、DayRe:が観客一人一人としっかりとアイコンタクトが取れるような振り付けにしたそうな。ここにも縁と絆への繋がりを想起させる要素があった。
本曲は三人の先輩からDayRe:の五人へ単純に楽曲提供しただけには納まらない。伝えたいメッセージ、深愛の情、激励……etcと、数多の想いが折り重なっていくから尊くてエモーショナルな感動を揺り動かされるのだ。
本曲の曲調は“TrySail感を意識させる”ことが重要なキモだと前述した。コレについての解釈だが、完全な妄想によるものなので当然ながら正解じゃないことを先に言っておく。と、いう逃げ道を作ったところで本題へ移る。
雨宮さんがオーダーされたTrySail感を感じさせるってのは、おそらく意図的で、敢えてそういうテイストを感じさせる方法に仕向けている。暴論なのは覚悟の上で言ってしまうと、本曲はTrySailがそのまま歌ってもおそらく違和感がないかもしれない。
当たり前だが、TrySail感を意識させようとされた雨宮さんの真意は分からない。これまた完全な妄想の域だが……コレはDayRe:の五人に向けた激(厳しい方の)だと思う。
この楽曲に貴女達がちゃんと血を流してDayRe:にしか謳えないDayRe:だけの楽曲へ昇華させて本当の意味で完成させて欲しいと。
ここからは貴女達五人にしか出来ないことなのだというメッセージを込めた。DayRe:ならそれが出来るという期待を込めた。雨宮さんはDayRe:のチカラと可能性を信じて本曲の真の完成を託したのだと。
DayRe:の魅力とは何か?そう問われたら、現時点での自分は「想いと生き様を歌へダイレクトに乗せられるユニットでありアーティスト」と答える。(異論・反論は受け付ける……)その彼女達が先輩達の想いに応えないワケがない。
五人にとって、TrySailという存在は格好良くて強い存在だと思う。でも、先輩達も最初から強かったワケじゃない。DayRe:…ミューレ3期生同様に弱かった……(と、思っている)
でも、走って挑んで戦う事を続けて来たから今の強さになれた。それは、DayRe:の過去と現在と重なって…歌詞と歌声に血が流れていく。本曲で響かせる五人の歌声の晴れやかさと清々しさは、何よりも雄弁な力強さは彼女達の謳の真骨頂だと改めて思い知らされた。ラスサビのフレーズがまた魂を掴んで激しく揺さぶっていく。
しまった夢も 隠していた熱も
まだ 捨てたくはないし
手をとった君と 予想以上の奇跡を
きっと 起こせるはずだ 誓おう
ここに
―DayRe:『Here We Run』より引用
かつて、彼女達は『自分達は何も出来なかった世代』と叫んだ。その過去の苦い記憶は今も心の片隅に残っているのだと。ただ、それでも直向きに前だけを見据えて走り続けた。その燃料になっていたのは五人それぞれが抱く夢と情熱。そして…巡り逢ってから共に寄り添って駆けて来た仲間との絆がある。
実際に彼女達がどういう想いと魂を込めて謳ったのかは分からないが…未来への希望と誓いを胸に抱いて歌声を響かせたのだと思えてならないのだ。
この五人でいられる刻を大切にして、この五人でしか出来ない何かを成し遂げたいと。
そして、アウトロに差し込まれている『La La La…』のコーラス。ここのパートは、LIVEで観客と一緒に肩を組み横揺れしてシンガロング出来たら気持ちいいなと語られている。
DayRe:のユニットコンセプトとしてあるのは、日常や誰かに寄り添うこと。本曲はLIVEにて披露されて盛り上がっていくのをちゃんと織り込んで作られているという点でもエモーショナルな衝動を揺さぶる。
本曲をフルサイズで聴いて聴湧き上がって来たインプレッションは、『止まらずに駆け続ける』ことや『誰かの背中を押す』メッセージを持つエール(応援歌)であり、DayRe:の『アンセム』になっていく楽曲だなと感じられた。もちろん、現時点ではその域まで進化出来ていない。
それは、本曲を実際に歌う五人が強く感じているのだろう。今、これから彼女達によって歌い続け、多くの人の魂に沁みていって愛されることで進化と深化を遂げて、真にDayRe:の『アンセム』の系譜として連なる事が叶い、『Here We Run』という楽曲は本当の意味での完成に至るのだと。
1stEP『ReFraction』では、ユニット・DayRe:全体やメンバーの意外性を魅せる方向に振り切った楽曲揃いだった。で、この2ndEPではそこから更に踏み込んで攻めていくアプローチでもって、これまた非常にクセの強い楽曲を揃えたといったインプレッションだった。
楽曲所感でも触れたが、自分がDayRe:に感じている魅力は『想いと生き様を歌へダイレクトに乗せられるユニットでありアーティスト』だと思っている。その叩き上げの魂を滾らせているのが…過去に彼女達が言い放った『自分達は何も出来なかった世代』というある種の焦燥感と敗北感ではないだろうか。
でも、彼女達はそこで止まらなかった。そして、与えられたもの(数多の楽曲)を最大限に活かして戦う貪欲な姿勢とマインド。だからこそ…DayRe:の楽曲にはどこか生々しさが感じられて血が流れているのだと。
成長して成功を勝ち取る。そのためには攻め続けて挑んでいく……そんな意欲と野心を感じられるEPではないでしょうか。そんな想いと魂が詰められた本EPが多くの人に聴かれていって楽曲が深く愛される事を願わずにはいられない。
そんな願いをもって本稿の筆を置かせていただきます。