巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

アイプラ楽曲ライナーノーツ #56 最愛よ君に届け

 

 

 最愛よ君に届け/月のテンペスト


 初出は2023年7月15日に開催された『IDOLY PRIDE VENUS PARTY THE FIRST』DAY1。
音源は本曲単体での配信リリースに、アルバム『IDOLY PRIDE Collection Album [chronicle] 』に収録。

 メインストーリー『東京編』で、月のテンペストは当時BIG4の一角だったⅢXと戦って敗れた。その敗北の記憶は月ストの『呪縛』となってしまい苦難の刻を過ごす。そんな苦境の最中、これまたBIG4の一角である『どりきゅん』との直接対決の機が月ストに訪れた。しかし……限界を超えて挑んでもBIG4の牙城を崩すまでには至らなかった。

月ストとBIG4との間を隔てる差。その差がどれほどのモノかは分からない。紙一重、もしくは途轍もない差なのかもしれない。なかなか埋められるモノではない。そもそも埋められるモノかも分からない……でも、その答えを掴み取って強くなる為に琴乃は月ストからの脱退を決意した。

渚、沙季、すず、芽衣は月ストを続けていくか終わらせる(=解散)決断を迫られていたが、すずを新たなセンターに据えて四人で活動を続ける選択を下した。 そして、この四人で前へ突き進んでいく為に四人体制での楽曲を切望して作られたのが本曲であるとストーリー上では描写されている。

 そして、本曲に並ならぬ想いを抱いているのが新生・月ストのセンターである成宮すず。彼女はその想いをこう語っている。

 

 光を求めて、四人でもがきながらも作ったあの曲は

    私にとってかけがえないもの


 あの曲は……あの曲のセンターは、誰にも譲りません!

 あの曲に一番想いを込められるのは―私だけですわ

 

 

 月ストの絶対的なアイコンの琴乃が抜けた事は月ストの破壊と言っても過言じゃなかった。
再生を果たそうとする戦いに率先して中心に立ったすず。本曲と一緒に戦い続けて盛り立てて来たという自負と、センターに立った者にしか感じられない重圧に背負う者としての覚悟と真っ向勝負した経験が彼女を強くした。ちなみに、五人体制に戻った後でも本曲のセンターはすずが務める事になった。彼女の言からは絶対に譲らない意地に満ち溢れている。

 そういう背景が影響を及ぼしているのだろう。全体的な曲調は悲壮感がありつつ……でも、その逆境を覆そうとする反抗の意志が溢れた勇壮さのある新生・月のテンペスト新たな『アンセムであり叩き上げの魂とPRIDEを曝け出した『戦いの謳』というインプレッションを抱いた。

そして、本曲のもう一つの核となっているテーマは、すず、渚、沙季、芽衣からの(一時的だったが)去っていった琴乃への想いと、独りで戦い続けていた琴乃から四人への想いも織り込まれている応援歌(エール)という面もあると思う。

決起して前だけを見据えて駆けだした四人と琴乃の心情を表す様に、全体的にテンポが早く、サビへ進行するに従って徐々に盛り上がっていく王道的な曲調。そこに月ストが血を流して命を吹き込んでいく。

 本曲においてメンバーの中で特筆しておきたいのは、夏目ここなと相川奏多。彼女達が魂を滾らせて戦えるかが本曲のキモになっている。夏目さんと相川さんの意地と覚悟とPRIDEが臨界点を超えて爆ぜていくのがCメロで彼女達が謳うソロだ。

「どれ程の愛があれば 夢を手に入れられるの」と謳う夏目さんの歌声は、最愛の親友でもある琴乃を支える優しさだけじゃなく、一人のアイドルでありライバルでもある琴乃を超えてみせると言い放った剥き出しの気迫に溢れていて、伊吹渚と夏目ここなの魂がシンクロしていく様な感覚を抱かせる。

「誰が決めるの分からないでしょ それは自分で決めて」と謳う相川さんの歌声は、突き放す様な物言いの歌詞に反してどこか思いやりに溢れた慈しみを感じられる。独りで勝手に悩んで出ていった琴乃の身勝手な行いは許せないが、琴乃だったらきっと『答え』を導き出せるという無心の信頼があるのだと。そして、センターに立つ者として月ストを導いて戦う覚悟とPRIDEも感じられる。

 本曲の最大の特徴となっているのが、長瀬琴乃(CV:橘美來)によるソロ歌唱が一切無い事。
一方でソロ歌唱が無い代わりに琴乃だけが四人と交わらないソロダンスの立ち回りがいくつか存在している。これにより、本曲が琴乃がいない四人体制の楽曲である事を強く認識させていく。

単独で立ち回る事で独り戦う道を選んだ琴乃の苦悩を感じられて不安に陥ったが、サビで四人と合流して歌い踊った時は「凄い幸せだった」と橘さんは語られている。

何者にも屈しない圧倒的なチカラを求めてこれまで琴乃の中にあった当たり前を捨てて飛び出したが、渚、すず、沙季、芽衣の剥き出しの本能によるパフォーマンスによって真に強いのが誰なのか、それはずっと琴乃の傍にあった当たり前の中にあったのだと思い知らされた。彼女にとって月ストが大切な存在である事を気付かされたのだ。そして……四人も琴乃への想いは失っていないのだ。

 四人の反抗の意志と叩き上げの魂在りきの楽曲ではあるが、やっぱり琴乃もいてこその月のテンペストだという説得力が五人で歌うサビの解き放たれた潔く清々しい歌声に反映されている。剥き出しの生々しい激情で謳われるのが本曲の真髄になっているが、五人揃ったサビの清々しい歌声は特異なモノに感じる。でも、楽曲の雰囲気を壊すモノじゃなく本曲の魅力に更なる深みをもたらしている。

 本曲が世に放たれた刻では、まだ何も成し遂げられていなかったけれど……希望はあった。月ストにとって敗北からの挫折は生まれて欲しくなかった物語。でも、それがあったからこそ彼女達が求める本当の強さに気付けた。

琴乃が戻って互いに遠慮の無い本心をぶつけ合い、再生を果たせて真の意味で一つになれた月スト。あとは成し遂げたい事に向かって突き進むだけ。その軌跡を共に往く『アンセムであり『戦いの謳』となる本曲は聴けば聴くほど魂が奮い立つ楽曲だ。