『競演』という言葉がある。
『競』は力量を比べ合う、他人に勝つ為に争うなどを意味しており、この場合の『演』は、演技や演奏を意味している。映画や演劇の芝居、あるいはコンサートなどでの楽器演奏や歌唱の技量、魅力といったものを競い合う事を示す。つまりは、『演技や演奏の優劣を競う事』という意味になる。
現在配信されているアプリゲーム『IDOLY PRIDE』において、4/28から新イベント『心紡ぎ合う輝きの競演』が開催。このイベントは、本編(アニメの続編となる東京編)と時間軸を同じくしている、所謂期間限定のサイドシナリオ的な位置に当たるモノの一つ。
イベントのタイトルに『競演』とある様に、このシナリオの主人公は二人いる。
その人物は、白石沙季と白石千紗の二人。彼女達は今もそれぞれ別々のグループで活動しているが、いきなり開催が決まった二人組限定のライブバトル大会に、沙季と千紗は姉妹ユニットを組んで出場する運びに。シナリオでは、沙季と千紗の苦悩と葛藤や共に抱いている変わりたい想いと一歩踏み込む勇気。そして、試練を共に乗り越えた姉妹の絆で優勝を目指す……という展開。
特に、姉妹の絆というのは、自分が勝手に抱く『IDOLY PRIDE』における『要』の一つだと思う部分。
それをちゃんと見事な塩梅で描いていた所に感動させられたのである。本作のイベントシナリオはどれも傑作揃いのモノだけれど、このシナリオは本当に良くておっさんの涙腺が破壊されかけたのよ。
で……『心紡ぎ合う輝きの競演』にて、いくつかおっさんの魂に感動という楔を撃ち込んだポイントについて語っていこうと思う。
*ここから先はイベントシナリオのネタバレが含まれております。ご注意下さい。
周囲に触発されて刺激された姉妹の決起。しかし……
細かい事は省かせてもらうが、東京編はTV版のストーリーの続編になる。東京に拠点を移した星見プロのアイドル達は、グループでの活動もさることながら個人の仕事も増えて来た。
勿論、沙季や千紗もその流れにちゃんと乗れているのだが、急成長を見せる他のメンバー達と自分達を比較し焦りを抱いて、苦悩の種になっている。
そんな時、二人組ユニット限定によるライブバトルの大会が開催される報が告げられた。
牧野の話の最中に沙季と千紗の表情のアップが差し込まれるんだけど、二人の何かを決意した様な目つきと表情をしている描写になっているのがいい。そして、二人は共に結成と出場を志願する流れも激熱なモノ。
星見プロの面々は誰もが思っただろう。このユニットは強いユニットだと。
まあ、わざわざシナリオ書いてイベントにまでしている事から、そんな上手くいくワケはない。
きっちりと沙季と千紗が苦悩して抗う過程が、ここから描かれるという期待感で始まるのもまた素晴らしいモノである。
想いが深すぎるが故のすれ違い
レッスンの際、彼女達はどちらかを引き立てようとして互いに目立たない方へと引いてしまう。最初は互いのグループでのレッスンとの差異と感覚のズレの所為だと思っていたし、姉妹だから息は合わせやすいと思い込んでいたというズレもある。
この刻において、些細だと思い込んでしまった感覚のズレが彼女達を苦悩させて焦らせていく。なおかつ、二人が率先して引っ張るタイプじゃない事もあるのだろう。
姉妹という強固な縁と絆で結ばれている沙季と千紗。作中でも姉妹の仲というのは本当に良好なモノとして描かれている。だが、その想いと絆は時として姉妹達の『鎖』となって縛り付ける。
沙季も千紗も、自分が輝くよりは相手に輝いてもらいたいという意識が強過ぎて譲ってしまう。
どっちも思っているのだ。このままじゃ勝てないと。勝つ為には自分を徹底的に抑え込んで相手をもっと輝かせなきゃって。『我』を抑え込むというのは、沙季のパーソナリティの一つでもある。
彼女の決意は、沙季がどんどん良くない深みに嵌って沈んでいってる印象を感じた。
綻びを繋ぐ『鎹』からもらう勇気
このシナリオにおいて、白石姉妹に次ぐ最重要人物だと自分が思う伊吹渚の果たした役割に触れなければならない。渚が話に絡むことにより、このストーリーは新たな展開を迎える。『鎹』(かすがい)というのは自分が渚を称した言葉。
渚は、千紗の様子がおかしい(元気がない)事に気付いて話を聞く流れに。千紗の悩みを聞き彼女は二人の異変には既に気づいていたが。そして、渚は琴乃が東京に来た頃に麻奈の話をしていた事を千紗に話す。
麻奈がアイドルになった事で、琴乃は麻奈と関わる機会が少なくなり拗ねて関係が拗れた。その愚痴を当時渚に洩らしていた事も。だが、麻奈が亡くなって文句の一つも喧嘩もする事が今となっては出来ない事を琴乃は悔やんでもいたと。身近な存在だからこそ言いたい事はどんどん後回しになってしまうモノ。言わなければ、踏み込まなければ触れる事は叶わない。突然言えなくなるかもしれないのに……そんな琴乃は、自分と同じく姉(沙季)がいる千紗を羨しく思っていたと。
成長した自分をお姉ちゃんに見せる事も
成長したお姉ちゃんを見る事が出来るからって。
結局は……後悔のないようにするのが一番なんじゃないかな。
切れそうになった絆は再生されてまた繋がった。あとは……千紗が勇気を出して一歩踏み出す事。
しかし、その一歩が中々踏み出せない千紗。沙季も更に悪い方向へ沈んでいくのを止められない状態。そんな中、沙季は自分が徹底的に引き千紗がもっと目立つべきだという最悪の答えを導き出してしまう。徹底して我を殺して、自分を引き立たせようとする沙季の言は完全に間違ったモノだし、千紗だって受け入れられるワケがない。
私だって……いつまでもお姉ちゃんに支えられなくても
一人でも大丈夫だから 私にも、お姉ちゃんを支えさせて?
こ、このままお姉ちゃんが譲っちゃうなら……私が、ほんとに前に出ちゃうんだから!
私ばっかり目立っちゃうよ! それでもいいの?
肚括って、千紗は一歩踏み出せた。おそらくこの姉妹は喧嘩らしい喧嘩をこれまでしてこなかったのだろう。共に悩んでいた様に彼女達は他者の心情に寄り添えて慮れる性格だから喧嘩にはならなかったのかもしれない。
でも、後悔したくないからという想いが勝り、一歩前に踏み出す勇気が湧いた。
姉妹喧嘩という名の『競演』の火ぶたを切った千紗はもう退く気は一切ない覚悟を示した。それに沙季はどう答えを示すのか……クライマックスに向けての火付けが見事な脚本の妙を感じさせられた。
真の魂の開放~本当になりたい姿へ……
前述でも触れたが、我を殺すのは沙季のパーソナリティの一つであり『きちんとした姉』としてのアイデンティティでもある。千紗が言うように沙季は自分の我を殺してこれまで生きて来た。ずっと近くで見ていたからこそ千紗に見透かされていた。
生真面目で優等生な沙季。でも、そんな彼女が『我』を解放して我儘を通した事があった。
そう、幼い頃より憧れを抱いたアイドルへの軌跡へ踏み出した事だ。両親を何度も説得してまでも。千紗が本気の覚悟で沙季の魂とぶつかり合おうと踏みこむ。そんな千紗の想いと魂にぶつかって、沙季は置き去りにしてしまった本当の気持ちを取り戻す。
我の開放……即ち、白石沙季の変わろうとする想いを余すところなく曝け出した。
沙季の我を解き放って思いの丈をぶちまける模様が『心紡ぎ合う輝きの競演』というシナリオの『要』であると自分は思えるのである。それは、沙季の魂が再生された事でもあったのだと。
互いに言いたい本音を曝け出して、ちゃんと喧嘩出来た事。それが白石姉妹の絆を深く固いモノへと昇華させるのに必要な『儀式』の様に思えてならなかった。
どちらがより輝けるかを競うパフォーマンスであり、自分の魂とも競う。そして、姉妹喧嘩としての競い。このシナリオでの白石姉妹は共に協力する意味ではなく、それぞれの『我』を競い合う闘いだった。だからこそ争う意味を持つ『競演』の字が相応しいと驚嘆して膝を叩いたのだ。