巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

もう一つの『ありがとう』~約束の地での『未来』への謳に寄せて。

 今年も、この日……3月8日が普通にやって来た。


人によっては、誕生日であったり、命日でもあったり……新しい生活の門出の日だったり、何もないいつも通りの日だったりと多種多様。

 
そして、想いを巡らせる特別な日でもある。


その、想いというヤツだが……人の捉え方によっては過去の想い出に魂を引っ張られた未練にしか捉えられないかもしれないが、歴史に想いを馳せる事は悪い事ではないと思える。
この3月8日という一日は、自分にとって一つの歴史に想いを馳せる特別な一日だという事だ。

だからこそ、今からここに何の恥ずかしげもない妄想に塗れた文章を書き殴るなんて思考でもって筆を執った。


 遡る事、二年前のこの日は『Wake Up, Girls! FINAL LIVE~想い出のパレード~』が開催された日。でも、今回書き殴っていくのはこのライブ本編の事じゃなく本番に先駆けて行われた公開リハーサル。そこでしか謳われなかったある楽曲について思う所をいろいろ書いていこうと思う。


ちなみに……当時の俺はこのリハーサルには参戦しておらん。
だから、ここから書く事は謳われた楽曲の真意みたいなモノを妄想全開にて好き勝手に書き殴った一人のおっさんの妄言。あの刻と場に参戦された方でもしこの駄文を読んで下さって解釈の補足や訂正、俺への苦情等ございましたらどんどん仰って下さい。

 

 

 

 『未来』という刻への想いと覚悟

 

 2019.3.8。其れは一つの魂の炎が消えた日だが、七色の魂の炎に火が点いた日でもある。
縁起でもない物言いだが……命日でもあるし、誕生日でもあった『未来』の軌跡への第一歩。


ある人……永野愛理さんはかつてこんな事を言っていた。

 

  意味の無いセトリだと頑張れないから。

  だから、意味の無いセトリなんて一個も無いんですよね。

  Wake Up,Girls!のライブにとって。

 

 意味のないセトリ。ライブ本番にて謳われる諸々の楽曲の事を指しているのは当然だが、それは公開リハーサルに於いても同様なモノがあると自分は思えてならないのだと。
リハーサルという名目はあれど、七人とワグナー諸氏にとっては本番の戦と変わりないテンションをもって臨んだのだろう。

この本文内で幾度も出ている『未来』という言葉。数多あるWUG楽曲の中で『未来』と名付けられた楽曲はこの楽曲『止まらない未来』しかない。そして、このリハーサルでしか披露されていない楽曲。

『止まらない未来』という楽曲はWUGの楽曲ではなく、アニメ作中で登場するライバル(ボス)ユニットであるI-1clubの楽曲。本番でこの楽曲は歌わないという事で歌ったという。


 I-1楽曲をWUGが歌う事は、WUGのライブに於いて魅力の一つだと思っている。
初期の頃からファイナルライブツアーまでの軌跡の中にて幾度も七人によって歌われて来た。ファイナルツアーでもある楽曲を除いて変わらず披露されて来た。


そう、『止まらない未来』以外の楽曲はだ。

 

 さて、ここからは俺の完全な推測の域である事を予め言っておく。


何故、『止まらない未来』をファイナルツアーの中で一度も歌わずに最期のライブが開催される『約束の地』さいたまスーパーアリーナまで取っておいたのか?

歌う機会はおそらく幾らでもあったし作れたはず。でも、彼女達は頑として歌う事はなかった。

楽曲を披露する最適な機会というのは必ずあるモノ。その刻と機と場が必ず来ると信じて七人は大切にとっておいたのかもしれない。

SSAは作中に於いて、I-1アリーナのモデルとなった地。ライブ本編で歌われるのがいいのだろうが、最期のライブではそれは無粋な行為だと思うしあくまでもカバーという要素は払拭出来ない。だが、公開リハーサルという隠れ蓑を纏えば無粋な要素も隠せる……

『止まらない未来』という楽曲は、I-1が勝負と矜持を懸けた楽曲だと思っている。
この日から未来の刻へと挑む七人は、強くあろうとするために止まらずに闘い続けるI-1clubの絶対王者としての魂に寄り添おうとして歌う事を決意したのかもしれない。


この楽曲は、鈴木萌歌のセンター楽曲でもある。彼女は『新章』の最終回にてWUGが歌う『polaris』を歌うという描写がなされている。それは何か見えない力によって背を押されたかのようにはにかみながらも吹っ切れた様に歌った。

これも、妄想の域なんだけれど……WUGの傍らにI-1メンバー達の魂もこの『約束の地・刻』に寄り添ってWUGの背中を押してあげていた……と思いたいのだ。

 

 

 

  見えないものも、自分の事も信じてる。そして、その先へ……

 

 

 『これからもたくさんの「ありがとう」を届けさせてください!!』


 『今日、ファイナルを迎えても、関係なく私に根付いています。だから、絶対つないでいく!』


 『私を信じて、ついてきてください!』


 『Wake Up, Girls!をこれからもよろしくお願いします!』


 『満開だけが魅力のすべてではない桜。そんな桜のような人間に私はなります。』


 『ちゃんと私がここに選ばれた意味を作らなければと想う気持ちは、明日以降も変わりません。』


 『これからも元気で生きてください!』

 

 これらは七人が誓った未来の刻への誓いの言の葉。自分はこう捉えている。


想いの相互循環という信念をこれからも貫き通す事。


駆け抜けた六年の刻と軌跡が自らの核となり未来の刻へと駆け出すと一歩になると。


ただ真っ直ぐに自分を信じてついて来いと。最高の景色を魅せてやるからと。導き、期待に応え続ける者としての矜持を示し……


あの刻に確かに存在していた事実を未来へと語り継ぐ事を我々に託した。


皆を愛し愛される愛の理を持ち、そう在りたい、なりたいと誓う。


ここで生きる事への意味を魂に刻んで未来へ臨むという事。


ただただ、未来の刻をしっかり生きろと。

 

 出逢いがあれば別れもある。それは避ける事の出来ない自然の理。
そして、人の眸が背中に付いていないのは前…即ち未来へと向かって生きる為。
七人は未来への刻へ踏み出す事に怯えちゃいなかった。これらの言の葉は彼女達の本能からの声なのだと。

未来の刻とは目に見えないモノ。未知の存在を恐れるのは人の本能だとも言われる。
だが、そのネガティブな感情は悪い気を引き寄せてしまう。


 いつも通りを 進んでいても
 
 違う風景のように見える そんな日は

 
 何かに出逢うかもしれない

 
 楽しみに おそれないで

 
 ―I-1club『止まらない未来』より引用
 


 自分は、当時前職を辞して新しい軌跡への岐路にあった。
この先どうなるかは本当に分からんかったし、未知の領域に不安や怖れを抱いていた。
今だから言ってしまうが手紙を読む所で、青山吉能さんが『みんなの人生も、明日から第2章です。』と言った時、胸に鋭い楔が撃ち込まれた感覚を抱いたモノだ。

未来への不安という点では、俺だけではなく多くのワグナー諸氏が同様に抱いていた様にも思える。

きっちりと受け入れて前に進める人もいたり、人生の岐路に立っていた人もいただろう。
あの刻を境に燃え尽きた人もいるだろう。ありとあらゆる生き方を取り巻く様に刻の流れは悠然と淡々と刻み進んでいっている。これも自然の理だ。


未来に怯えず、今の刻を全力で生きる。難しい事だし綺麗事。ポジティブな感情を抱いたとしてもそう上手く事は運ばないモノだ。でも、この七人が遺した数多の想いや魂とこれから紡がれる新しい『物語』が、我々の魂に何度でも火を点けてくれる。


その魂の炎は見えないが誰にでもあるその人にしか見えないモノ。それを信じる事が自分自身を信じられる事に繋がっているのではないだろうか。

 

 

 最後に……この言葉を綴って筆を置きたいと思う。

 


当時、直に聴く事は叶わなかったけれど……
SSAで『止まらない未来』を謳ってくれて、本当にありがとう。