巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

Blu-ray『Wake Up, Girls! FINAL TOUR ‐HOME- PARTⅡFANTASIA 』所感

 Wake Up, Girls! FINAL TOUR ‐HOME- PARTⅡFANTASIA 
神奈川・横須賀公演(夜の部)を収録したBlu-rayを先日購入。

 

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Wake Up, Girls!  FINAL TOUR - HOME -~ PART II FANTASIA ~ [Blu-ray]

Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME -~ PART II FANTASIA ~ [Blu-ray]

 

 



観終わっての率直な所感だが……
映像で観るだけでも素晴らしいライブだったと言わざる得ない濃密なライブだった。
それ故に、この感動を書き残したくて、今俺はノートPCのキーボードと向き合っておる。
だから、今ここで、Wake Up, Girls! FINAL TOUR ‐HOME- PARTⅡFANTASIA ~
神奈川・横須賀公演(夜の部)のライブ映像を観た所感を書き殴ろうと思う。

とは言え、全てのアクトの所感を書くとキリが無いので…
特に印象深く、心に突き刺さったアクトを幾つか挙げて書いていく。


 

 


 序章~スキノスキル



 まず、開幕して流れたナレーションがこれまでのWUGのライブ演出とはまた一線を画した構成になっていると感じさせた。ナレーションの内容がこれから披露される物語のプロローグという形に変化していくわけだ。
物語は人間と妖精が共存していた時代の話で、世界は邪悪なドラゴンによって支配され、人間は想像する力=イマジネーションを失っていた。
そんな中、七人の妖精達=Wake Up,Girls!は八人の勇者を探し出しドラゴンを倒し、人々にイマジネーションを取り戻す使命を与えられ旅立ち…完結していた世界を変えていく為に『スキノスキル』は謳われる。

この『スキノスキル』で印象的だったのは、終始掛かっていた紗幕(薄い幕)の存在だ。

紗幕にファンタジー感満載の映像を映し出し、幕におぼろげに映しだされた(妖精の)七人の歌い舞い踊る姿は幻想的に観えるものである。ステージ奥のスクリーンに映すよりもステージ前方を覆った幕に背景映像を映す方がより視覚への印象は全然違うモノになるだろう。そして、視覚から入った幻想的なイメージは楽曲の雰囲気を更に助長させ深みを増していく。

 

 

 

 outlander rhapsody

 

 先に言っておく。ここの所感、ちょいと長くなります……

 


 
 PARTⅡシリーズの頃、各公演が終演しこの楽曲のアクトを絶賛していく声を多く見聞していたものだが俺はPARTⅡシリーズに参戦しておらんかったので正直な所半信半疑で捉えていた。
そして…ようやくこのアクトを観れる機が訪れ叶った。映像という形式ではあるが圧倒的とも言える演出の説得力はぐぅの音を出す暇も与えちゃくれなかった。で…直に観たからこそ当時このアクトを絶賛していた理由を痛感させられた。『outlander rhapsody』がPARTⅡシリーズの要を担う楽曲の一つであった事の意味を。

 その意味であるが、それはPARTⅡの題に付けられた『FANTASIA』に直接結び付く。
『FANTASIA』という語句は様々な意味を持つ語句だ。空想、幻想の意味もあるし、クラシック音楽のジャンルの一つである幻想曲もそうだ。で…こいつは俺の勝手な見立てではあるのだが、WUG楽曲全体に於いてファンタジー要素を強調している楽曲はそんなに多くはない。(最も、そいつは俺の主観であり受け取り側の解釈にもよるのだが…)そんな中でもオープニングアクトに用いられた『スキノスキル』とこの『outlander rhapsody』はとりわけファンタジー色が強い楽曲であると思えるのである。そして更に言ってしまえば、 rhapsody(ラプソディ=狂詩曲)は諸説あるが自由なファンタジー風の楽曲を意味し、また、寄せ集めやごた混ぜの意味があるとも言われ
異なる曲調をメドレーのように繋げるという特色を持つ楽想でもあるともいわれてもいる。



……前置きが長くなってしまったので、アクトの所感に戻ろう。



 この『outlander rhapsody』という楽曲は全体曲ではなく、吉岡茉祐さん、青山吉能さん、山下七海さん、奥野香耶さんの四人によるユニット曲だ。アクトの背景で描写されているのは、人々から想像力を奪ったドラゴンとの決戦がテーマとして描かれている。伝説の剣を携えた四人が佇み、イントロで吉岡さんと青山さんによる勇ましいコーラス(…でいいのか?)は士気を高揚させる鬨(とき)の声を彷彿させる。
そして、紗幕に映された爆ぜる炎と共に一気に下される幕。個人的な印象だが視覚に見える情報が曖昧な状況から解き放たれて視覚に一気に情報として飛び込む=ステージが鮮明に見えるというのは、感情を昂らせ爆ぜさせる最大の要因であると思っている。それに拍車をかけるアップテンポの曲調。盛り上がらないワケがない。

このアクトの要となる箇所なんだが、2番終わり~Cメロまでの間奏部だろう。
正規のバージョンではなく、ライブ用にアレンジされたモノが奏でられた。
で…間奏が奏でられる中でドラゴンと闘い、苦戦を余儀なくされる四人。


(まぁ、八人揃わなきゃコイツ倒せねぇからな……)


でもだ。苦戦している四人に希望の星が舞い降りるんだよ。タイトロープ(この場合、危険を冒して駆けつけたという意味の方で)を潜り抜けて来た……四人と同じく伝説の剣を携えたアイリ・ミナミ・ミユの姿が。


自分でもよく分かっている。俺がこれから書く事がこじつけに過ぎない事は。
でも書きたいんだ。このアクトを今になって観れて感じた一つの答えとして。
で…ここから話が脱線するが少しの間ご容謝願いたい。

 …彼女達三人が歌うもう一つのユニット楽曲『タイトロープラナウェイ』
ファイナルツアーPARTⅠ千秋楽の大宮にてこの楽曲は歌われた……
前述に書いたが、狂詩曲の楽想の一つである異なる曲調を繋ぐ楽曲として『タイトロープラナウェイ』も含まれていた様にも自分は思えてならない。無関係ではなくて三人の物語として…



描かれた胸のロゴや 熱い文字を

ずっと かかげて忘れないで 選びとろう それぞれの道を


Wake Up,Girls! 『タイトロープ ラナウエイ』より引用



変わろうとする想いと覚悟、そして一歩踏み出す勇気を示しその先の物語へと繋ぐ。
『outlander rhapsody‐ver.FANTASIA』の物語へと繋ぐ為に『タイトロープラナウェイ』が大宮の地で謳われた意義があったのだと。

 

けれども、ドラゴンを倒すにはあと一人足りない。

七人は口々に言の葉を放った。


『皆の…(ワグナーの)Wake Up,Powerを、声を届けて欲しいと。』


 最後の八人目、いや…必要だったのは人と言う存在ではなかったのかもしれない。
想いの力=人の心の光だったのではないだろうか。
皆のWake Up,Girls!という魂の咆哮…心の光は七人の『剣』に宿った。
七人が剣を一閃すると、ドラゴンに最期の刻が訪れ討ち果たされ、そして、アウトロのコーラスは勝ち鬨を彷彿させるイマジネーションの力を奪還した奇跡と勇気の物語の終焉でもあった。チープな表現になってしまうのだろうが……この物語(アクト)は


『outlander rhapsody ‐ver.FANTASIA』と銘打つ楽曲へと昇華していた。

 

もしも時が 忘れていくためにあるのなら

僕らは 冒険の旅人を続ける


Wake Up,Girls!『outlander rhapsody』より引用



 時(刻)の流れはどうにもならないモノ。刻の経過で忘れゆく事は自然の摂理だ。でも、その為だけじゃない語り継いで繋いでいく事も出来る。冒険の旅人という節は語り継いでいく事への喩えなのだろう。

そして、七人が携えていた『剣』はただの演出の道具ではなく、彼女達の想いとこの楽曲の詞にもある『勇気』を貫き通したいシンボルとしての役割を担っていたと思えてならない。

 

 


 リトル・チャレンジャー

 

 ドラゴンを討ち果たして終わりじゃない。ここからまた新しい物語が始まる。光の剣を空高く掲げた七人の先には荒れ果てた世界が広がっている。エピローグでもあるがプロローグでもある。

 そして、この楽曲にも『勇気』という句がある。精密な地図や精巧なコンパスがあっても、未知の領域に踏み込む勇気が欠けてしまっては宝の持ち腐れ。この楽曲のアクトで描写していると思われるのはその後の未来への挑戦であると思えて来る。今現在、終焉の刻が過ぎた彼女達はそれぞれの未来への軌跡を歩み出した。
散り散りにはなったが点での繋がりは途絶えてはいなくて、むしろ離れた分、より強く結び付いている様にも思えなくもない。

 

 


 Knock out

 

 

 一瞬の暗闇が明け、クールでダンサブルな旋律が流れ、彼女達が纏う漆黒の衣裳の視覚効果が相まって凛然たる色香薫る雰囲気を漂わせ
闇夜のビル街を彷彿させる様な目まぐるしく変わっていく色とりどりの照明はこれまでのアクトとはまた違ったムーディな空間を作り出していた。

そのムーディな空間で歌い踊る七人の姿に見惚れ、俺の右のBRAIN(右脳)はクリティカルな一撃を受けたかの様に揺れまくっておるんだ。
右脳が司る空間的な認識能力がやられてしまっている所に、このアクトの一番の見どころだと自分が思ってるアウトロのコーラス部分で七人がソロでアピールするパートがやって来るのだ。

で……中でも強烈な一撃を見舞ったのが二人おりまして、まず、一人目の青山さん。
舞い踊った後の締めで、宙に指でハートを描きその指でハートを突く(撃ち抜く)仕草。まぁ、ここだけでも素敵な場面で網膜が焼き付きそうなんですが……


次の人が非常にマズい人なんです。


ちなみに次のそのマズい人である山下さんなんですが……彼女は両方の手でそっと口付けて少し溜めてから、まるで小鳥を野生に帰すかのような慈愛に満ちた投げキスの仕草。あんた、この子(ななみん)にんな事させたら

Knock out通り越してオーバーキル状態になるの分かるじゃないの……

山下七海さんのパフォーマーとしてのあまりに完成されすぎた美技に思わず息を呑んだ。

 

 


 Jewelry Wonderland

 

 

 本家のI-1本隊が纏う純白の衣裳とはまた違った視覚的な印象がこの楽曲に深みをもたらしている様にも感じる。
WUGが纏う漆黒の衣裳、黒という色の持つイメージの一つとしてあるのが優雅さ。(諸説あります)

この楽曲と『Knock out』。WUGが歌っても全く違和感の無い普遍性・汎用性が高い楽曲だと感じた。勿論、その要素が感じられたからといって、これらの楽曲への評価が下がるという意味ではない。
寧ろ、歌う人の素の力がダイレクトに楽曲に反映される様に思えるのである。I-1本隊が歌えばI-1にしか出せない良さがダイレクトに感じられ、WUGが歌えばWUGらしさがダイレクトに表れる。
楽曲が違うが、作中にて島田真夢が『極上スマイル』をI-1が歌っても全く違和感がなかったという台詞があった。違和感が無い=それが汎用性と普遍性の高さの証明でI-1の集大成楽曲と勝手に自分が称しているが、WUGサイドで見てもその解釈が成り立つと勝手ながら思えるのである。それを強く印象付けられたのがWUGのリーダーズ青山吉能さんと奥野香耶さんの担当している落ちサビでのソロパートなんだ。

 

Jewelry Wonderland

綺麗ごとだけで終わらせないよ この気持ち

sing 経験の財産を身につけて歌いましょう


―I-1club『Jewelry Wonderland』より引用



 このパートは奥野さんが歌っている。彼女の特徴の一つでもある柔和な歌声は、ティナ(安野希世乃さん)が歌われるオリジナルとはまた違う響き方を感じる。今にして感じることではあるが、奥野さんが内に秘めた想いがこのパートの節々に込められ、彼女の歌声に反映されているのだろう。ここを歌っている時の奥野さんの姿なんだが、魂を削るというか…湧き出すモノを余す所なくしぼり出す様に見えるんだ。
でも、彼女の歌う姿に悲壮感は一切感じないどころか楽しそうに優しげに歌っているんだ。あと、去り際の笑顔が可愛くてズルいwww



dancing レッスンは

血のにじむような 自分が見てた部屋のなかだけ

Show Timeに見せる輝きへと


―I-1club『Jewelry Wonderland』より引用



 そして……この楽曲の最大の『要』と、俺が勝手に思っておるパート。
本家では任を解かれてしまったがI-1の理念を体現している近藤麻衣(加藤英美里さん)のパートをWUGのリーダーである青山さんが歌う。

青山さん曰く、加藤さんの『強さ』を借りて歌ったと言った。それは同時に近藤麻衣の魂を宿らせる事でもあり、ひいては、七瀬佳乃の魂をも宿らせることでもあって…
感情剥き出しで、力強く、遥か彼方へ届けという想いが詰まった歌声の伸び。このゾーンに突入した青山吉能血の流れる魂の絶唱は本当に強いんだ。
で、歌い終わりの青山さんの身体をくねらせて歩く所作がまたエロ艶やかなのよ……

『要』となるパートを期待以上のモノをきっちり魅せ付けてくれた
WUGのリーダーズの底力。素晴らしかったの一言に尽きる最高のアクトだった。

 

 

 

 約束の刻と約束の地・さいたまスーパーアリーナへ…

 

 この横須賀公演といえば…
2019年3月8日に開催されるファイナルライブ開催の報が告げられた日でもあった。

1stツアーからファイナルツアーまでの軌跡が映像として流れ…
七人の直筆のメッセージも流れて……(もう、この時点で涙腺がやられてる…)

そして…あの文字が映し出されるんだ。


FINAL LIVE in さいたまスーパーアリーナの文字が!!!!!!!


この報を知った時の事は過去記事に書き殴っておるので改めて書かない。

 

akatonbo02.hatenablog.jp

 

 


 

 全てが終わった今だから言ってしまうが、公演が決定して嬉しかったのは当然あった。ただ…あの広大なSSAにどれだけ集まれるのかという不安の方が大きかった。
開催されるのは平日の夜というのがやっぱり最大の要因だっただろう。その不安は当然彼女達の中にもあったはず。
もっと強くなって皆を大きな会場へ連れて行くと誓い…まだ終わらない!終わらせない!!と闘志を滾らせ約束の刻まで七人は全力で闘い抜いた。


そして、辿り着いた約束の刻と地での13000通りの奇跡の物語があった。

 

 

 


 Beyond the Bottom

 

SSAでのファイナルライブ決定の報の後で披露されたこの楽曲。
七人が登場する前に、続・劇場版後編『Beyond the Bottom』最終決戦前のあの台詞が再現されるんだ。これは音源じゃない。七人の生の声と言の葉でだ……

 

『いつもの力を出そう!』

『想いを込めて届けよう!』

『元気を届け、元気をもらおう!』

『思いっきり楽しもう!』

『悔いのない様にやろう!』

『私たちらしさをここで見つけよう!』

『この七人しか出来ないパフォーマンスをしよう!』


『いくぞ!』『がんばっぺ!!』

 

Wake Up,Girls!!!!!!!』

 

登場し、しかも七人が纏っているのは『Beyond the Bottom』の純白の衣裳だ。
あの報の後での…衣裳と楽曲がきっちり揃った完全な『Beyond the Bottom』披露。

この公演は『Beyond the Bottom』が要であり、全てを持っていったと言っても良いだろう。


島田真夢と吉岡茉祐の魂。

林田藍里と永野愛理の魂。

片山実波と田中美海の魂。

七瀬佳乃と青山吉能の魂。

久海菜々美と山下七海の魂。

菊間夏夜と奥野香耶の魂。

岡本未夕と高木美佑の魂。



 互いの境界線を越えて繋がりあった双方の魂が織り成す
誰よりも純然で、清廉で、煌びやかで…生命の謳と称するに相応しい特別なアクトだ。
SSA発表の映像には羽が舞っていたが、あれは七人それぞれの『翼』なのだろう。

この後に控えているPART3『KADODE』へ、そして約束の地へと羽撃いた……
文句なんて付けようが無い。圧倒的な説得力で魅せ付けられたとしか言い様がなかった。I-1アリーナでアイドルの祭典を制したWUGとさいたまスーパーアリーナの単独公演の機と刻を得た現実のWUG。肩を並べた両者が向かうのは新たな軌跡なのだと。

SSAファイナルライブの報からの曲入りでの真夢達による台詞の再現。
そして、楽曲『Beyond the Bottom』の圧倒的な説得力。
何とも言えないカタルシスをこの一連の演出から感じ
素晴らしいと言う賞賛の言しか表現出来ないアクトだった。


 

 

 以上がWUGファイナルツアーPARTⅡFANTASIA 千秋楽公演円盤の所感となる。
俺はこの公演への参戦が叶わなかったのでこの円盤で初見となった。
記事の尺上、断腸の思いで6曲+SSA決定の報に絞らせてもらったが
収録されている他の楽曲も素晴らしいアクトだった。

冒頭にも書いたが、濃密で激熱なライブだった事が映像越しでも伝わって来た。
この感動を書き始めたが、終わってみれば6000字を越える文量になって…
参戦レポまでとはいかないが、そこそこに熱苦しいモノにはなってしまった。


続けて発売されるPART3『KADODE』のライブ円盤も楽しみである。