巡礼者のかく語りき

自由気ままに書き綴る雑記帳

GloriAに詰め込んだ想い・魂……そして誓い。

 今更改めて書く事ではありませんが、自分がここに書いて来た
所感・考察系の記事は完全な私見での解釈によるモノとなっております。

 


 3月に東北にて開催されたWake Up,Girls!メンバーのソロイベント
「TUNAGO東北ろっけんソロイベントツアー」に併せて作られた楽曲。
前回のソロイベントの時に作られたソロ楽曲と同様これらの楽曲陣も
メンバーの七人がゼロの状態から作成に携わり
彼女達の伝え、届けたい『想い』と『魂』が込められた楽曲となっている。


 さて、お気付きの方もいるでしょうが……
この楽曲陣が収録されておるのはこのソロイベントにて発売された
パンフレットに同梱されておるCDに収録されたモノ。
以前にも書いたが俺はこのソロイベントに一公演も参戦していません。
じゃぁ何故そんな奴がフル尺を聴いた所感を書いているのか?
その疑問に対しての解は至って単純至極。

 

 

えぇ……購入しに行って来ました。郡山までwww

 

 

まぁ、何と言うか……自宅でじっとしてるのも何だし
通販されるのが何時になるか分かったモノでもないので
どうせならもう行ってしまえという感じになってしまったわけであるwww

 

と言う訳で、禊を済ませすっきりとした所で
今回書き綴っていくのはこちらの楽曲の所感&独自考察。

 

 


 GloriA / 吉岡茉祐さん

 

 

f:id:Akatonbo02:20180421203037j:plain

 前作の『てがみ』と同様にこの楽曲の作詞も吉岡茉祐さんが担当。
『てがみ』では大切な人に宛てた彼女の純然たる想いと
親愛の念が存分に詰め込まれた尊い楽曲。


 そんな今作だが、前作とはまた違った別の路線に仕上がった楽曲になっている。
タイトルにGloriA=ラテン語で栄光の意味を持つ語に違わない
力強くあり、栄光に辿り着く為に傷を負う事や這い蹲りながらも突き進む意思……
表現者吉岡茉祐アイデンティティを示すかの様な闘う気概と誓い
それを強烈に思わせるのが以下の節だろう。



 ―己の剣で勝ち取る夢物語 信念を貫き動き出した


 吉岡茉祐『GloriA』より引用



そして『叫べ』や『放て』という句は爆ぜる感情を思い起こさせ
荒々しくも雄々しい執念をも思わせるかのような想いを綴る歌詞。

ハードロックテイストの重くこれまた力強い曲調と
無骨で荒々しくあり、また力強く激熱でこちらを捻じ伏せようとする激熱で
こちらの『熱』を引き出し奮い立たせるかの様な……


彼女の"絶唱"がこの楽曲に血を通わせる。


ラスサビに差し掛かった時に曲が高くなりそれに伴い
リミッターが解除されたかの様に力強くなる吉岡さんの絶唱がまた素晴らしい。

 

 あと、気になるのは詞の中で出て来る二人という句。
吉岡さんともう一人の人物なのか?人物指定されていない抽象的なものなのか?
あるいは人物とそうじゃないモノに対しての例えなのか?
更には双方共に人物ではないモノへの例えなのか?

勿論、この解釈に正解や満点は存在しません。
答えにはならないでしょうが上述に挙げたもの全部が俺個人の解釈で
その二人に対し、あるいは吉岡さん自身による吉岡さんの為の
アンセムソング的な楽曲の様にも思えてならない。


聴き終えた率直な印象だが……自分は吉岡茉祐さんに
こういうテイストの荒々しくも激熱な楽曲を歌って貰いたかったので
本当に満足度の高い楽曲だと思います。

 

 楽曲の概ねな所感は以上になります。

 

で……ここから書き綴る事は俺がこの『GloriA』という楽曲に対して
最も気になった点について書いていこうと思う。
冒頭にも書いた様にこのブログに書いているのは自分の私見全開によるモノ。
と、言うかは……妄想や戯言の類と称しても良い。
あくまでも、一個人の所感&独自考察という認識で捉えていただければ幸いです。


 自分が『GloriA』という楽曲で最も気になったのは……曲題の『GloriA』の表記だ。
俺は外国語はてんで疎いので分からんが


(俺の日本語の語彙力の方も怪しさ大爆発だがwww)


普通と言うか、まぁよく見られる表記は、全部大文字のGLORIAだったり
頭文字のみ大文字のGloria、全て小文字のgloriaでしょう。
ですが、この楽曲の表記は頭と最後の文字のみが大文字。
正直なところ見た印象は違和感の方が勝ったと言っても良いだろう。
あえてこういう表記にしたのは吉岡さんの明らかな意図があり
真に届けたい隠されたメッセージが込められているんじゃないかと勝手に思ってる。


 それについての独自考察(妄想)だが、違和感の正体は不完全さだと見ている。
不完全さと言うのは現状での吉岡さん自身の姿。
GloriA=栄光と言う言葉に込めたのは、彼女が描く理想の表現者としての姿を
表現する為にあえてこういう違和感のある表記にしたのかな……と思える。
だが、それを示すのは全部小文字や頭文字だけ大文字でも良いのでは?と思う。
確かに、不完全さや自身が表現者として弱い存在と言う事を示すのであれば
上述に挙げた全部小文字や頭文字のみ大文字表記でも良いはず。

ただ、その表記はあまりにもオーソドックスで新鮮味が無いと
彼女が思ったかどうかは分かりません。
ですが……あえて違和感を覚えさせる様な表記にし
そう感じ考えさせる方へと仕向けたのかなと思うのであります。

 

 そしてもう一つの仮説…予め言いますがこれは暴論・極論の域です。
なので……生温かい目で見てやって下さい。

 

この楽曲が歌われるイベントの地は東北の福島。
WUGの楽曲に『TUNAGO』という楽曲がある。
本来、TSUNAGOと七文字表記になるが六文字なのは東北六県に因んでいるから。
そしてGloriAも六文字表記になっている。
GloriAはラテン語だが英語ならGlory(五文字)という表記になる。
栄光という語を東北を盛り上げたいと同義にして置き換え
更には、東北六県を思い起こさせる六文字表記となるGloriAという表記にした……

ハッキリ言ってこの仮説、こじ付け感は否めない。
ですが……吉岡さんが抱く東北への想いを見聞すると
あながち俺が立てた暴論による仮説も当てはまる様な気がしてならない。


歌詞の中にある軌跡・奇跡、そして…祈り捧げると言う語は
彼女自身やWUGでのこれまでの軌跡や
色々な出会いに対しての奇跡への感謝の念を表現している様でもあり
東北がより盛り上がっていく事の願いを込めて曲題に用いたのかなと思う。

 

 俺の都合の良いおめでたい暴論の域の解釈もあるがwww
折角ゼロの状態から作り上げるのだから、自分の想いと魂をありったけ込めたい。
たかが曲題というモノじゃなく表記に至るまでの細部にまで拘った
吉岡茉祐さんの真摯な姿勢が『GloriA』の要なのかな……と
妄想の域で恐縮ではありますが、俺はそう思えてならなかった。

 

 

以上で、自分の私見による『GloriA』所感と独自考察になります。
毎度ながら自分の想いの丈を好き勝手にぶちまけてしまいました。
彼女のソロイベの公演に参戦して無い奴が書いた
この記事を読まれて不快に感じられる方もおられると思います。
まぁ、元々当ブログは俺の醜態を余す所無く
曝しまくっておるモノなんで別にどうでも良いんですが
ただ……吉岡茉祐さんが『GloriA』という楽曲に込めた
純然で偽りが無い本気の想いと魂…そして誓いは間違いの無いモノです。


『GloriA』という楽曲に巡り合えた奇跡と感謝に想いを馳せて
本稿の締め括りとさせていただきます。


乱筆、乱文ではありましたが
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。